妊娠・出産・育児の情報サイト


3.11

夏休み最後に試したい、『防災ピクニック』のススメ

我が家では毎年行う恒例行事があります。 それは『防災ピクニック』。 NPO法人ママプラグの本で『防災ピクニック』を知ったのをきっかけに取り組み始めました。 子どもと一緒に非常リュックを背負ってピクニックに行き、そこで防災グッズを試してみる、と…

ミルク用のお水が、オムツが、手に入らない…。おまけにおっぱいが出なくなり乳腺炎に

東日本大震災が起こった2011/3/11、我が子があと数日で1歳になるという時期でした。 午後3時前、ウトウトする我が子に添い寝をしながらお昼寝させていると、「ガタガタ!!バターン!ドーン!」というものすごい音と揺れが生じ、慌てて裸足のまま外に出まし…

妻は、娘は無事だろうか。3月11日、数時間かけて帰宅する間の、忘れがたい不安感

3月11日の東北沖地震の時の体験談です。 激しく長い間横揺れが続き、動くことができず机の上のパソコン等が落ちないよう押さえて立っていることがやっとの地震でした。 揺れがおさまった後、すぐに外に避難して、家族(妻と当時1歳6ヶ月の娘)の無事を確認し…

産後2ヶ月、精神的に不安定な時期に起きた震災。ショックと不安で母乳が止まった

里帰り出産をしてから、2ヶ月弱。健診を終えて、自宅のアパートでの初めての育児が始まりました。 その日は、午後からベビーカーで近所のスーパーに買い物に出ていました。荷物をベビーカーに下げ、もう少しで踏み切りだな、と思っているときに一瞬ぐらっと…

我が子を守れるのは自分だけ。安全な今のうちにできることをやることの重要性

2011年3月11日。日本の観測史上最大の地震が起こりました。 あの、東日本大震災です。 実家を離れ東京で暮らしていた私には、当時5ヶ月を迎えたばかりの娘がいました。 前日に寝返りを覚えたばかりの、まだまだ幼い我が子でした。 あの日もいつもと同じよう…

妊娠7ヶ月で震災による停電。雪の降る青森県、毛布にくるまりアロマ用のろうそくで過ごした夜

妊娠7ヶ月のとき青森県で東日本大震災に遭いました。 妊娠当初から体調不良で入退院を繰り返していて、地震の数日前に退院したところでした。 場所柄、比較的被害は小さく、自宅も壊れず、ケガもなく、避難所に入ることもなかったのですが、それでも停電や食…

イラつく周囲に泣き声の気遣い、衛生面での不安…辛かった3ヶ月の赤ちゃん連れでの避難所暮らし

東日本大震災を体験しました。 発生当時、子どもをベビーカーに乗せ、駅ビルのエレベーターの中にいました。 「最寄りの階に止まります。速やかに降りてください」みたいな自動アナウンスのあと、すぐに止まってドアが開きました。 エレベーターを降りたちょ…

お迎えに行けない!都心の職場から帰宅難民に。震災時は自分の力だけではどうにもならないことを実感

私が震災の恐ろしさを知ったのは、東日本大震災の時です。 住んでいたのは東京のマンションだったのですが、当時私は子供を6ケ月から保育園に預けて都内の企業で契約社員として働いていたので、震災時も会社のオフィスの中で震災を知りました。 震災で都内の…

岩手県での被災。せっかく助かった命を落とさないために…災害対策の重要性を身をもって体験

4年前の震災当時、私は保育園の給食調理員として勤務中でした。 ちょうど園児たちがお昼寝から起きる時間帯で、もう一人の職員がおやつの準備をしていた頃です。 3月といってもまだまだ冷える給食室では、暖房をつけていました。昼食の食器洗いの最中、急に…

あの時、懐中電灯一つあれば…。3.11、不安を取り除いてあげられなくてごめんね

娘が1歳になったばかりの2011年3月11日。 既にお昼寝もあまりしなくなってきて、何とか寝てほしいと思いながらうとうとしていた時です。 14時46分、ドーン!と大きな揺れが来たかと思うと、たちまち停電してしまいました。 まだ明るい時間だから良かったもの…

[瀧波ユカリさんインタビュー]寒くて暗い部屋の中で、ただ祈ることしかできなかった5年前の3月11日

お肉屋さんの揚げ油が揺れている!震災、その時 地震が発生したときは、子どもの予防注射の帰りで夫と私と子どもの3人で商店街のお肉屋さんで揚げ物を買っていました。 揺れが大きくなるにつれてお肉屋さんの揚げ油がたっぷんたっぷんと揺れ始めて、中にいて…

[吉田戦車さんインタビュー]あれから5年。東日本大震災を振り返り、故郷岩手に思うこと

2011年3月11日、岩手県奥州市出身で東京在住の漫画家・吉田戦車さんは、1歳になった娘さんと井の頭公園に遊びに行きました。強い地震の揺れに見舞われたのは、それから自宅に戻った直後。今でも休憩した公園のベンチの近くに行くと「その1時間後のことを思っ…

目に見えない放射能の恐怖。後ろめたさを感じながらも、逃げ出すことしかできなかった

誰もが忘れることのできない2011年3月11日、東日本大震災が起こった日。 私は、その日2歳の長男と東京の自宅におりました。 本当なら、友人親子と出かける予定だったのですが、朝からひどい頭痛で延期してもらいました。 結果的にはこの判断が大正解でした…

津波の来るかもしれない保育所まで迎えに…パニックになりそうな時ほど落ち着いて!

東日本大震災の時、下の娘は2歳、息子は年長時。 その日、娘は保育所、息子はインフルエンザのため家にいて、私は息子の看護で仕事を休んでいました。 ちょうど息子とリビングにいるときに震災は起きました。 なかなか地震が止まらず大きくなっていくので、…

あの日、帰宅難民になったパパが考える、夫・父として意識しておくべき2つのこと

2011年3月11日、東日本大震災が起こった時、わたしは千葉県にある高層ビルの15階にいました。 震度5以上という大きな揺れを初めて体験し、止まらないビル揺れに酔い、防火扉がバッタンバッタン音を立てて開いたり、閉じたりする中でも、心は案外平静でした。…

日が暮れたら真っ暗、まだ寒かったあの日。ろうそくの灯と娘の笑顔に救われた夜

3.11、東日本大震災が起こったその日は、旦那が夜遅くまで仕事のため、いつも通り娘と二人で過ごしていました。 突然ユラユラと家が揺れたので 「あ、地震だ!窓とベランダのドアを開けなきゃ!」 と、まだ歩けない娘をリビングに横にして窓を開けに行きまし…

とにかく家族を守りたいだけ…震災後のあふれる情報に惑い、右往左往したママたち

東日本大震災のあったその時間は、ちょうど5歳の長男の幼稚園のお迎えの帰りで、2人のママ友も一緒に幼稚園近くの団地の集会所の広場で、おしゃべりしているところでした。 私は妊娠8か月の妊婦で、少し疲れてきたのでそろそろ帰ろうかなと話していたとき、…

乳児を抱え、水や空気さえも毒に感じられた日々…東京から関西へ一時避難した私

2人目の男の子が2月7日に産まれたばかり、長女もまだ2歳ちょっとという、精神的にも身体的にも一番大変な時に東日本大震災に遭いました。 当時は都心のタワーマンションの28階に住んでおり、地震そのものは恐ろしい揺れではありましたが、このビルは大丈夫と…

「もしもの備え」を子どもたちにも伝えていきたい。震災から学んだ我が家の防災ルール

現在小学1年生と2歳の姉妹の母親です。 上の娘がちょうど2歳の頃に東日本大震災がありました。 私が住んでいるのは直接被害をうけた場所ではなく、津波などの影響をまぬがれた埼玉県さいたま市です。 そのときは娘と買い物へ行っていましたが、大きく何度も…

子連れ妊婦の「非常持ち出し袋」は『持てる重さ』が鉄則!経験からこう備えています

2011年3月11日の東日本大震災を、第2子妊娠中期に体験しました。 第1子は当時3歳4ヶ月でした。 私の住んでいる地域の震度は震度4でしたが、長く揺れたので、思わず外に逃げました。 建物は無事だったので、避難所に行くことはなく済んだのですが、もし避難所…

停電の夜。ママになる彼女とお腹の子が不安にならないように、未来の話をし続けた

今の妻と結婚する前の同棲していた頃の話です。 私は栃木の某携帯ショップの代理店で事務の仕事をしており、妻は地元を離れ私の部屋に来たばかりでまだ仕事を探している最中。 そんな中で彼女の妊娠が発覚し、結婚を決意した矢先の事でした。 2011年3月11日…

大地震に動揺。抱っこ紐に娘、かばんにおむつ、ツイッターで情報収集しながら避難

2011年3月11日、東日本大震災当時、私と1歳2か月の娘は東京の自宅7階建てマンションの5階にいました。 最初の揺れを感じたのは遅めの昼ご飯を済ませ、居間で娘とまったり遊んでいるときでした。 軽い地震かな?と思ったら、いつまでもいつもでも終わるどころ…

実家も遠く、主人も地震の影響で帰って来られない…不安で押しつぶされそうになった夜

東日本大震災が起きたのは、妊娠中つわりが酷く家で一人で寝ているときでした。 カタカタカタという揺れ…あ、地震だなと思っていたら揺れが大きくなって、部屋の棚や机さまざまなものが揺れはじめました。 「地震のときはテーブルの下に隠れろ!」 そんなこ…

娘のため、「賭け」で山の向こうの店へ。赤ちゃん用の非常ストックの大事さを痛感

2011年3月11日、東日本大震災が起きました。 我が家は高台に建っていたので、津波による被災はまぬがれました。 ガスは使えましたが、電気は停電して、1週間ほどで復旧しました。 水道は、初日は貯水池にたまっていたのか普通に使えましたが、次の日には使え…

お腹のわが子が助けてくれた。あの日、産院で逆子になっていた何人もの赤ちゃんたち

あれは、私が妊娠6ヶ月のときでした。 「赤ちゃんが産まれたらしばらく2人で出かけられないね」 と、夫と出産前のお出かけを計画していました。 行き先は千葉県の水族館。 行く日にちは3月のある日、主人の仕事の休みの日。 しかし、旅行の予定日を間近にし…

割れた食器が散らばり、ガスも水道も電気も…震災の日、2人の子と大きなお腹を抱えて

2011年3月、東日本大震災が起こったとき、私は妊婦でした。 お腹の赤ちゃんの他に、4歳と2歳の子供がいました。 幼稚園にいる上の子を迎えに行こうとした時、揺れが始まりました。 怖がる真ん中の子供を抱き寄せました。 揺れはどんどん大きくなり、家中のい…

日々のマザーズバッグと旅行のパッキングが大ヒント! 乳幼児を抱えての避難バッグ、どうする?

子どもが生まれて、避難バッグの中身を見直すことに。 オムツと着替え、粉ミルク……全部詰めようとして諦めた。 すでに自分用の備えでぎっしり詰まっている避難バッグ。 どう減らそうとしても、オムツが入る気配がない。 そもそも子どもを抱っこした状態で避…

平時だからこそ考えたい有事のこと。 被災時に必要な情報はメールで管理して安心!

防災の取組みの中で、我が家が行った情報の整理についてご紹介します。 いろいろ調べる中で、私が一番やらないといけないと思ったことは、2つ。 それは、緊急時の連絡先と、最終的な家族の集合場所を決めることです。 東日本大震災の時、緊急時に連絡が取れ…

無理せず、楽しく、おいしく! 災害時の備えは日常の延長線上にあり。 備蓄しておくべき食材とは?

災害時の備えとして、我が家では以前から缶詰や乾物、また野菜ジュースなどを常備していました。 とはいえ、普段は生鮮食品を購入できますのでなかなか使う機会もなく、缶詰なのに「賞味期限切れ」ということもよくありました。 そんな時に防災の講座に参加…

「地震から子供を守ろう!」これが災害時に愛する我が子の生死を分ける!

娘の通っている小学校が最寄りの避難所なので、普段から何気なく歩き慣れた道が、災害時でも問題ないかを確認するために、防災ウォークをしてみました。 行程は、我が家に備えている避難リュックを担ぎ、息子を抱っこして、避難所指定されている小学校を通っ…

東日本大震災を経験して。赤ちゃん連れ避難所暮らしを乗り切るために知ってほしいこと

地震が来た。揺れと物の落下の中、3ヶ月の赤ちゃんを守る 宮城県仙台市の内陸部に住んでいて、長男が幼稚園、次男が3ヶ月のときに、東日本大震災を経験しました。 被災当時、長男は幼稚園、私は次男をベビーカーに乗せて駅ビルの昇りエレベーターの中にいま…