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新生児黄疸でNICU入院。光線療法を見て少し動揺……

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産後、入院中の最も大きなトラブルといえば、息子が黄疸の値でひっかかり、1日NICUに入院したことだった。

 

確かに、赤ちゃんといえばピンク色のほっぺたが、息子はかなり黄味がかかっていた。「マンゴーちゃん」などと私は呼んでいたのだが、「そんなかわいいものではなかったのだ」と落ち込んでしまった。

 

ただし、新生児は生後5~7日目をピークに黄色くなるもので、新生児黄疸は肝臓の機能が未成熟な赤ちゃんの生理からすると起こって当たり前のことらしい。ただしまれに、深刻な状態になることもあり、念のため治療することになった。

 

幸いなことに、産院はNICUも同じ階に併設していたため、同じフロアでの母子入院に。私は初めてNICUに足を踏み入れた。

「シーンとしている」――。医師や看護師が多く、たくさんの保育器が並んでいる。いつもにぎやかでどこか原始的な産科フロアとは大きく違っていた。そこは「病院」だった。そのピリピリした様子に私は多少たじろいでしまった。

 

黄疸の治療は、光線療法といって、おむつ一枚で肌に青白い光をあてるもの。いきなりオムツ一枚にされ、青白い光のなかにはいっていく姿はまさに、「治療中」という感じで、少々動揺してしまった。

その後、看護師さんか助産師さんから問診を受ける。とはいうものの、まだ息子が生まれて数日のため、「何聞かれても分からないけれど・・・」と思っていたら、聞かれる内容は主に私のこと。気分はどうか、相談できる相手はいるか、助けてくれる相手はいるかなど。「なるほど、ママの精神状態を聞かれているんだな」と納得した。確かに、出産直後に子どもがNICUに入院となれば、動揺せざるをえない。保育器に入った赤ちゃんたちはみんな小さい。いつでも抱っこできるわけではなく、ママたちは不安で仕方がないはずだ。

そんな中息子をみると、サングラスのような目隠しをして、青白い光をあびている。見方を変えれば、日焼けサロンのようだ。「うん、大丈夫」。私はそう思えた。

 

離れていた時間はたった1日。その間、せっかく出るようになった母乳をさぼらないよう、搾乳にも挑戦し、夜中も3時間ごとに起きて絞った。子どもと会える時間は決められているため、その間には授乳をしに行った。24時間一緒というプレッシャーから少し逃れられ、私自身のいい休養にもなった。

 

そしてもうひとつラッキーだったことがある。黄疸の理由に母親との血液型不適合というものがあり、息子は血液検査をしてもらったのだ。血液型というのは輸血などの必要性がない限り、基本的には知る必要はなく、特に検査する機会はないのだ(これも出産後初めて知った)。そこで息子はAB型と知った。性格を血液型でどうのこうの言うのは非科学的でナンセンスだが、成長するにつれ、理解不能&父親そっくりの性格になる息子に対し、「パパと同じマイペースなAB型だからな」と自分を納得させるツールのひとつとして、役立てている。

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著者:ゆきもも
年齢:40歳
子どもの年齢:7歳と5歳

37歳にして第1子になる長男、40歳にして第2子になる長女を出産。3歳下の夫は大学時代の後輩にあたるため、拒否権はなし。保育園では年下のママたちに囲まれ、頑張って若いつもりでいても、「平成のとき、大学生だったな」、「セーラームーンのときはもう大人だった」と昔話でバレることしばしば。シーズンごとの大量洋服購入で、何のために働いているのかわからなくなること多し。

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