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1/3の確率に賭けて。3回までと決めた体外受精で妊娠!

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「妊娠が分かった」――その瞬間は今でも覚えている。

ただし、1人目の場合は、少々特殊だ。というのも、不妊治療の結果の妊娠だったからだ。

不妊治療というのは、同じママでも、知らない人は知らないが、知っている人はすごく知っている分野だ。私の場合、当初の10カ月間はタイミング治療だった。基礎体温を測り、クリニックで排卵日を教えてくれるというもの。しかし妊娠には至らず、2回目の人工受精もうまくいかず、しかも私の場合とても痛くてつらかったため、「人工受精が10分の1の確率なら、3分の1の確率の体外受精のほうがいい」と、根っからの合理主義の私は、さっさと人工受精をあきらめ、病院を変えて、体外受精へとコマを進めた。

その際に心に決めていたことがある。「3分の1の確率なら、挑戦するのは3回まで」ということだ。経済的な問題もある。しかしそれ以上に終わりがないことは精神的に耐えられないと思っていたからだ。不妊治療分野はどんどん技術が進化し、「ダメだったら次この治療で」とどんどん「次」が出てくる。あきらめきれない思いにもなるはずだ。「でも3回まで」――終わりを決めて、もしダメだったら夫婦二人暮らしの暮らしでもいいと心に決めていた。

 

「妊娠されていますよ」――わずかながらの出血で、居ても立っても居られない不安にさいなまれ、「どうせダメなら早く知りたい」と妊娠判定の予約日前に病院に駆け付けた私に、先生が伝えてくれた。「マジで?、えええええ」と、不運なお知らせを覚悟していた私は、耳を疑った。とってもとってもうれしいけれど、不妊治療のなか「子どもができるのは奇跡なんじゃないか」と疑っていた私の頭は、両手を上げて喜ばせることをさせてくれません。1回目の体外受精で成功するとは思っていなかったので、「本当に無事生まれるのかなぁ。大丈夫かなぁ」と新たに次から次へとでてくる不安のほうが、喜びよりも勝っている状態でした。いつ本当に喜んだのかなぁと思い返してみると、生まれた瞬間でもなく、授乳しているとき、私の洋服をぐーっとにぎって抱っこされているとき、一生懸命あんよをしているとき、産まれた後の一瞬一瞬に喜びを分割配給されているような気がします。(そして、この幸福感は、将来、“うるせーばばぁ”と反抗されたときに耐えられるよう、幸せの前借りをさせてもらっている状態でもあるわけです)

 

ちなみに、2人目の場合は自然妊娠で、まったく生理日もチェックもしていない、まるで棚からぼたもちのようにふってきたラッキー妊娠だったので、喜びも「本当に?本当に?」と、まったく実感がなかった覚えが・・・・・・。なかなか「うれしいーーー!やったー!」ってなれないものなのかもしれませんね。意外と。性格のせいかもしれませんが。 

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著者:ゆきもも
年齢:40歳
子どもの年齢:7歳と5歳

37歳にして第1子になる長男、40歳にして第2子になる長女を出産。3歳下の夫は大学時代の後輩にあたるため、拒否権はなし。保育園では年下のママたちに囲まれ、頑張って若いつもりでいても、「平成のとき、大学生だったな」、「セーラームーンのときはもう大人だった」と昔話でバレることしばしば。シーズンごとの大量洋服購入で、何のために働いているのかわからなくなること多し。

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