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ずっとここで暮らしたーい!小規模な産院を選んで大満足

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2011年夏の妊娠判明時は東京の目黒区に住んでいましたが、年末に横浜市への転居が決まっていたので、目黒区の産院に通いながらネットで転居先の近所にある産院をいろいろ調べていました。

 

選択肢は、大きな総合病院か、個人経営の小さな産院かのどちらか。私の偏見ですが、大きな総合病院は、産後は母子別室、病室は大部屋ということで、ひとりひとりに合わせた手厚いケアをしてもらいにくいのかなという印象。それよりも、こぢんまりとした産院で、母子同室の個室でゆっくり産みたいという思いがあったので、個人経営の産院を中心にリサーチしました。

 

そんな中で素敵な助産院を見つけて、そこで出産したいなと思ったのですが、ホームページをよく読んでみると年齢制限があり、初産婦は35歳まで。そのとき38歳だった私は完全にアウトでした。

 

次に目をつけたのが、個室でのフリースタイル出産とカンガルーケアを行っている産院。産後はもちろん母子同室。院長先生が体内記憶研究の第一人者で、なるべく自然に出産したい、赤ちゃんとの触れ合いを大切にしたい、という私の気持ちとリンクしました。そちらも年齢制限がありましたが、初産婦は40歳までということでギリギリセーフ! ベッドが3床しかない小さな産院、しかも人気なので、早めに予約しなきゃ! とすぐに電話したところ、8週目を過ぎてから来てくださいと言われ、8週目に入ってすぐに受診しました。そのときに東京で通っていた産院の先生に紹介状を書いていただいたのですが、産院の名前を告げたところ、その先生が偶然にも同じ医大の同級生だったことが判明! なんだか運命的なものを感じました。

 

2011年12月、妊娠6カ月目の安定期に入ってから横浜へ引っ越し。それに伴い、産院もスライド式に移りました。そちらの産院では妊婦・母親向けのクラスをいろいろ開催していて、妊婦のときはマタニティーヨガクラスや、胎児とのコミュニケーションクラス、新生児の子育てわくわくクラス、妊婦のためのお灸クラス、母親学級などを受講しました。そこで一緒になった妊婦さんと仲良くなって、今でも連絡を取り合っています。

 

部屋は6畳程度、ベッドはシングルタイプで決して広々という感じではなかったですが、生まれたばかりの小さな赤ちゃんと一緒に寝るには十分でした。小さい産院なので、ほとんど全員の助産師さんと顔見知りになり、夜勤の助産師さんには産後の不安な気持ちをたくさん聞いてもらいました。

食事は院長先生の奥様の手作り。野菜たっぷりのとてもおいしい和食メニューでした。味付けは素材の味を活かした薄味で、お浸しや煮物など小さな小鉢がたくさんついた色鮮やかなお膳なので、毎回食事の時間が楽しみでした。3時のおやつも手作りで、フレッシュなフルーツを使ったゼリーが絶品でした。退院前日の夕食は、ものすごい豪華な松花堂弁当で、ずっとここで暮らせたらいいのにと思ったくらいです。

 

私の病院選びは正解だったと思っていますが、ひとつだけ残念だったのが、「2泊3日で退院」という制度でした。初産婦には正直しんどかったです。私は陣痛が長引いてしまい、体力の消耗が激しかったので、助産師さんの勧めでもう1泊延泊して3泊4日で退院しました。あっという間に帰宅でしたが、代わりに退院後のケアが手厚く、産後1か月間はおっぱいマッサージが無料というサービスがありがたかったです。3日に1度は産院を訪れていました。子どもの体重を量ってもらったり、おっぱいマッサージを受けながら、人生初めての育児に対する不安や義母の悪口を聞いてもらったり。何より助産師さんたちに「わかる~! 私のときもそうだった!」と共感してもらえたのが心の支えになりました。

 

費用は、最初に20万円を納めて、人によりますが、退院後に半分~4分の1程度返金されるという感じです。私は出産前、夜中に陣痛で産院に駆け込んで泊まること2回(しかしそのときは生まれず)、産後も延泊したので、1泊分30000円×3の90000円が上乗せされて、返金どころか追加徴収されて泣きました(笑)。

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著者:イッチー
年齢:41歳
子どもの年齢:2歳10ヶ月

36歳のときに遅ればせながら結婚。39歳で第一子となる長男を高齢出産。月齢10ヶ月から息子を保育園に預けて仕事復帰。会話でコミュニケーションができるようになってから、「育児っておもしろいな!」と実感した遅咲き母。もうすぐ3歳になる甘えんぼ男児からの「抱っこ!」攻撃に対応すべく整骨院でのメンテナンスが欠かせない。

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