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我が子が可愛くない。母性がないのかと悩んだ1年、そして私が心から母になれた日

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〇一族待望の赤ちゃんに、プレッシャーから解放

2度の流産を経験し、3度目の妊娠でやっと無事に生まれてきた我が子。

妊娠中は夫、実両親、義両親、皆今度こそ無事に生まれてほしいという気持ちがヒシヒシと伝わってきて私自身ナーバスになりすぎていたかもしれません。

何としてもこの子を無事に世に送り出すことが私の使命のように感じていました。

何度かの入院を乗り越え、我が子を胸に抱いたときは感無量で涙があふれて止まりませんでした。

皆、待ちにまった子供の誕生に歓喜していた中、もちろん私も我が子の誕生を喜んでいたのですが、分娩台で流した涙はどちらかと言えば、皆の期待を一身に背負ったプレッシャーから無事に解放された安堵だったかもしれません。

 

〇母性がない?我が子に興味が持てない、愛おしさを感じない……

その後、生まれた我が子はすくすくと成長し夜もぐっすり眠ってくれるし、手のかからない子で育児に意気込んでいた私はいささか肩すかしといったところでした。

そして、その頃から私は我が子に興味を持てなくなっていったのでした。

 

というのも、それまで皆の注意は私に向き、夫も毎日お腹の心配をしてお風呂掃除やちょっとした片付けでさえ常に私を気づかってくれる。

実の両親も義両親も、食べたいものなど何でも送ってくれ、遊びに行けば上げ膳据え膳、まるでお姫様のような扱いで日常生活全てが私中心に回っていたのです。

それも子供が生まれてしまうと、皆の興味は子供に向き、私の存在など忘れられたかのように感じです。

しかもその子供は、母乳があふれるほど出るのに母乳を嫌がり、ミルクで育っているので誰の腕の中でもゴクゴクとミルクを飲みすやすやと寝てしまう。

全く私の出番がないのです。

そんな我が子に、正直私は愛おしさを感じられなくなっていました。

けれど、皆の前でそんなそぶりを見せるわけにもいかず、私の中で子供に対する罪悪感はどんどん大きくなり、保健所の育児相談や電話相談で我が子を可愛いと思えないと相談するまでになっていました。

その時の私は長年実家で飼っている犬のチャッピーの方が愛おしいと思えるほどだったのです。

自分には母性が欠けている、だから子供も私を必要としていないのだと思っていました。

 

〇1歳の誕生日、事件は起こった

保健所などで相談にのってもらっても特段の解決策もなくもんもんとしていた頃、我が子は1歳の誕生日を迎え、義実家で私の両親や親戚を招き盛大な誕生祝いをすることになりました。

宴もたけなわ、息子は餅を背負い力強く歩く姿に皆笑い声をあげたり拍手をしたり盛り上がっていました。

そのとき、熱燗数本をお盆に載せた叔母が息子の横を通りすぎようとしてつまずきました。

気が付くと私は息子をしっかりと胸に抱き、私は背中から腕にかけて熱燗をかぶっていました。

幸い熱燗はひどい火傷になるほどの温度でなく、少し皮膚が赤くなった程度で済みました。

それよりも自分で気が付かないうちに私は我が子を胸に抱いてしっかりと守った。

皆がさすがは母親だと褒める声よりも、私は自分が無意識にそういった行動をとれたことが、自分が我が子を守ったこと、自分にもちゃんと母性があったことが嬉しく嬉しくてわんわん声をあげて泣いてしまいました。

 

〇涙の告白、そしてわたしの親離れ

その夜、実の母親に今までの気持ちを全て打ち明けあけると、母が私を抱きしめて辛かったね、良かったね、偉かったねと一緒に泣いてくれました。

私はあの日初めて自分が母親になれたと実感でき、母親としてやっていく自信ももてたと思います。

そしてあの晩母と抱き合って泣き、本当の意味で親離れも出来た気がします。

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著者:アズ
年齢:36歳
子どもの年齢:3歳6ヶ月

最近は息子の体力に追いつかず自分の年齢を実感しています。それでも2人目をどうするか悩み中です。欲しいけれど体力気力が追いつくか自信がなく子供と一緒にスイミングを始めました。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。