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生まれてすぐ離ればなれ…我が子がNICUで過ごした日々

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子宮内胎児発育遅延を指摘されてきた私の子供は、体重2,000グラム足らずで生まれてきました。

帝王切開手術で取り出した後は、すぐに赤ちゃんはNICUに搬送されたため、ほとんど目にすることはできませんでした。

 

手術が終わり、麻酔がきれてからすぐにNICUへ車椅子で移動しました。

手術の痛みはまだ残っているはずでしたが、わが子の顔が見たいと思うと不思議と痛みは感じませんでした。

保育器に入った赤ちゃんはとても小さいながらも一所懸命に生きていました。

 

NICUは万全の殺菌・滅菌対策が万全であり、手洗い消毒を徹底して行う必要があるに加えて、赤ちゃんに外からのばい菌が付着しないようにガウンを着用することも義務付けられていました。

愛するわが子をガウン越しからしか抱きしめられない切なさを思うと、胸がはりさけそうになったものです。

 

NICUの面会時間は一日数時間と定められていて、直接おっぱいを飲んでもらうこともなかなかできませんでした。

毎日搾乳して冷凍させた母乳をせっせせっせと届ける毎日はさみしくもありましたが、それが自分と赤ちゃんを結び付けている絆だと思い、数時間おきの搾乳を積極的に行っていました。

 

少しずつではありますが、赤ちゃんは日に日に確実に成長していっていました。

面会時間の間はできる限り長く滞在して、抱っこをしその成長ぶりを主人と一緒に確かめていたものです。

 

赤ちゃんって本当不思議です。

私たちの何十分の一の体重、何分の一の身長であるにも関わらず一所懸命生きようとしているのです。

お腹が空けば大声で泣いて、疲れたらぐっすりと眠っている姿には、親の私たちが励まされるほどでした。

未熟児卒業の基準である体重2,500グラムを超えたときには主人と手を取って喜び合いました。

 

生後3か月になってついにNICUから退出できることになりました。

ようやく本当の親子らしいことをできるようになって、喜びもひとしおです。

心が折れそうになることが何度かありましたが、離れ離れでも子どもは親を成長させてくれることがわかりました。

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著者:アリス
年齢:30歳

子どもの年齢:5ヶ月

元々は旅行会社につとめていろいろな場所を飛び回っていたアクティブ派。子供を授かってからは、良妻賢母を目指して日々奮闘中。ちょっと身体の弱い男の子を出産してからは、親子三人で一歩ずつゆっくり成長していっています。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。