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子宮口が5cmになるまで陣痛室で2日半!力尽き、無痛分娩を選んでおいてよかったと実感

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海外に住んでいましたが、初産であり、また身内が近くに居なかったため、出産と子供

が落ち着くまでの育児を日本で行うことにしました。

 

日本では旦那の地元へ引っ越しました。

私の地元からは500km程離れていますが、国内であれば不安は無かったので里帰り出産

を行わずにその不慣れな土地での生活を始めました。

痛み刺激を少しでも緩和できる無痛分娩の話を耳にしたので、分娩時は無痛を行う方向でいました。

 

37週に入り、旦那が仕事から帰宅した時に破水し、そのまま病院へ行き入院となりまし

た。

無痛分娩には計画無痛分娩と、陣痛が来てからの無痛分娩があるそうで、先に破水をし

てしまった私は後者の分娩方法となりました。

夜間だったので、翌朝陣痛の進行具合を見て薬を変えていくとの話を受け、その日は痛

みは無いまま床につきました。

 

朝になり、陣痛の進みが悪かったので、促進剤を使用し始めました。

私の場合、子宮口は殆ど開かず、5cm開くまでは無痛分娩の麻酔もつかえないとのことで、少しずつ痛みが強くなる陣痛と戦っていました。

5cm開く前に麻酔を使ってしまうと陣痛が止まってしまうと言う説明を聞き、何のため

の無痛分娩だろうと思っていました。

 

 

その後も何時間経過しても子宮口は開かず、促進剤だけ増やしていき、お腹が破れそう

になるくらいの1分おきの陣痛に苦しんでいました。

促進剤を使わなければ子宮口は開かず、使うと陣痛が1分に数回来てしまい、吐き気と

頭痛が止まらずとても耐えがたいものでした。

そんな中で陣痛が止まらないように、ベッドから降りてアクティブチェアーと言う分娩

を促す椅子に座ったり、点滴台を引きずりながら歩いたりと終わりが見えない陣痛と長

い時間を戦っていました。

 

そんなことを繰り返して気付いたら分娩室で2日半も経過していました。

身内が近くに居なかったので、旦那が全て頼りでした。

旦那もほとんど寝ずに、献身的に側にいてくれたのがとても嬉しかったです。

 

子宮口が開くまでがものすごく長く、逃げたしたい気持ちでいっぱいでしたが、5cm開

いてからは無痛分娩を開始してもらい、力尽きていた私でもそこから頑張ることができ

ました。

陣痛で苦しんでいた時は無痛分娩にした意味がなかったと思っていましたが、麻酔を使

い始めたら本当に無痛分娩を選んでいて良かったと思いました。

無痛分娩を選択していなかったら、最後は限界で逃げ出していたくらい、窮地に立って

いたと思います。

 

麻酔が効いてからは一番辛い時を落ち着いて乗り切ることができ、あかちゃんが産まれた瞬間はしっかりと向き合ってあげることができました。

最後は麻酔で乗り切ったため、体力が温存され分娩後の回復が人より早く、あかちゃんとの時間を早く楽しむことができました。

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著者:Lena
年齢:30歳
子どもの年齢:4ヶ月

海外在住の初産。妊娠をきっかけに帰国を考え、日本での出産を決意し一時帰国。想像以上に辛かった2日半の分娩を乗り越え、現在4ヶ月の息子の育児奮闘中。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。