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一過性多呼吸で赤ちゃんがNICUへ。産後一週間にして初めて我が子を抱っこ

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息子の誕生は、37週で予定帝王切開でした。

健診時に骨盤の大きさをレントゲンで測り帝王切開になることを告げられ翌日、出産になりました。

 

手術までの流れは、レントゲンを撮り出産方法を決定。

エコーで赤ちゃんの状態を診て「お腹の中が苦しそう」と。

心音が異常に早かったこともあり「早く出してあげましょう。」という流れでした。

心音の異常は、私がレントゲンを撮ったり内診をしたりして自分の緊張感がお腹の赤ちゃんに伝わってしまったからかもしれません。

 

翌日の帝王切開に向けて入院の準備が進められました。

入院セットを持参して病院に戻ったり、手術に向けた検査などを複数行いました。

初めての手術、始めての出産で不安な気持ちが強く、緊張などから手術前に陣痛が来ないか心配になりました。

 

なぜだか数日前から気になっていた日付は、息子の誕生日になるからだったのか…と少し謎が解けた部分も。

予定帝王切開だったので息子の誕生日が大人の計画的なものになってしまった部分は、いくつかありますが実の弟と同じ誕生日になって少し驚きました。

母も自分と同じ日に長男を産んだのかと何だか親子の縁を感じました。

 

手術当日は、朝ご飯を食べずに9時半ごろ手術室へ。

腰に注射した麻酔が凄く痛かったです。

その後、麻酔の効き目を確認している時に効き目が悪いと判断されて吸引タイプの麻酔に切り替えられました。

目が覚めたのは、子供が産まれて産声が聞こえた瞬間です。

物凄い勢いで現実に引き戻される感覚を今でも鮮明に覚えています。

そして、「息をしなくちゃ!」と呼吸する事に必死でした。

私の苗字を呼ぶ声が聞こえ、「無事に産まれましたよー。」の声。

「健康な子ですか?」「指はちゃんと5本ありますか?」と聞きたかったけれど麻酔のおかげで喋れず涙しか流せませんでした。

 

それから安心と感動とで涙が止まらず…。

ところが、私の足元で先生たちが何やら話し合っていました。

産まれた子供が一過性多呼吸という症状だったようです。

帝王切開で生まれた子供に多い症状のようですが普通に産まれてくることだけを考えていたので死んじゃったらどうしよう…と不安でたまりませんでした。

 

小児科の先生も合流して近くのNICUに搬送が決まりました。

搬送までの間、病室で一瞬だけ保育器に入った子供の手を握り顔を見て搬送を見送りました。

私は手術したばかりで動けないので父親が病院まで付き添い入院等の手続きをしてくれました。

同じ市内のNICUに空きがあったので受け入れをしていただけましたが満室状態だと遠くの病院へ搬送されるそうです。
 

NICUでは、保育器に入れられ鼻にチューブを入れられたりと何だか痛々しい感じでした。

命に関わる重大な状況では無かったようですが、産まれたばかりの子供と離れ離れの生活は寂しかったです。

夜中、他人の子供の泣き声がすると「何で自分の子供はここにいないのだろう。」という気持ちになりました。

そして、自身の退院が決まりその足でやっとNICUに会いに行くことができました。

産まれたときよりも少し顔つきが変わりスヤスヤと眠る姿が愛おしかったです。

 

その後、産後一週間にして初めて我が子を抱っこしました。

何度かNICUに通い搾乳していた母乳を哺乳瓶で飲ませてあげたり、授乳の練習、おむつ交換、沐浴の練習をしたりと本来、入院先の病院で学ぶべきことも教えていただきました。

呼吸の安定が最優先ですが母乳が一人で飲める、親も子供の世話ができて受け入れができる状況になってからの退院でした。

退院日は、出産予定日の日だったのも印象深いです。

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著者:Y&Y 
年齢:28歳
子どもの年齢:2歳

夫と元気いっぱい2歳の息子と3人暮らし。毎日、子供の世話と育児に追われての生活。いろいろと単語を覚えていく息子の成長が面白いです。日常の中で、手作りのキャラクターケーキを作ったり寝像アートを作ったりするもの好きです。

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