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1年で3回の流産。泣いて泣いて泣いて・・・。次に泣くのは子どもが生まれたときと決意

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結婚して半年足らずで妊娠。

子宮口は開きぎみ、下がりぎみと先生に言われながらも無事39週で安産。

妊娠すれば必ず生まれると思ってた。

卒乳に時間がかかり2才前に生理がきて、妊活はしないけどご縁があればと夫婦で話す。

 

2か月後に妊娠。病院にいったら1センチの赤ちゃんが!

3才違いだねといいながら楽しみにしていた2週間後。

前日夜に大量出血。

怖くてその日は安静にして寝て翌日受診。

お腹の中空っぽ。現実が受け止められなかった。

「7回妊娠すると1回流産をする可能性がある、まだ若いから生理がきて半年間は妊娠しやすい期間が続くから、しんどくてもがんばれ。」

そう先生に言われたけど頭の中真っ白。

その日はさほ涙もでず、次の日泣いた。

受け入れるのに時間がかかったんだと思う。

 

幸い初期流産で、手術しなくてもよかった。

1ヶ月足らずで出血が止まり、また生理が来ます。

ただ生理か流産の残りか確認するので病院に着てください。といわれた。

旦那は冷静で、自分を責めていたら「○○に責任はない、遺伝子がダメだったんだから。そんなにひきずるならもう妊娠するのはやめよう。」

といわれた。ごもっともだし、子供はほしいけど傷ついた。

 

それから3日日くらいは、洗濯物を干すときや掃除機の音に紛れて泣いた。

直後、友達が妊娠8週目で報告してきてくれた。

私が越えられなかった3か月、ともおもってまた泣いた。

 

立ち直ったきっかけは、何も知らない子供がこの時期甘えん坊になったから。

今思えばこれで救われたと思う。

洗濯物を干しながらママー!と呼ばれて我に帰った。

ご飯をこぼした息子が呼んでくれて、私はくよくよしていてもこの子に迷惑がかかるなと思った。

旦那にも謝った。

謝ったから、我に帰ったからといって、まだ涙が出る日もあったけど前向きになった。

 

その4か月後、再び妊娠。

この時は6週で流産。病院を予約して2日後だった。

病院を女医さんのところに変えて受診。

「姿はないけど妊娠してたみたいね、ドンマイ。」

軽いことばだった。

でも厳かに言われるより私には気が楽だった。

そしてここまで初期だと、出血が止まったらすぐに妊娠可能といわれた。

 

その2か月後妊娠。

今度はエコーでその姿を見て、2週間後前日夜にまた出血。

花火を見に行った帰りだった。

外出がいけなかったのかな。とへこんだ。

3回目になると、この痛みはお中の子が出てきたな、とかわかるようになる。

冷静で、泣くのもやめた。

次泣くのは子供が生まれたときにしようと決めた。

 

それからまた2か月後妊娠。

先生に妊活なしでめげずに妊娠してることを誉められた。

3回流産をして、4回目。

はじめての流産の時と同じ月。

ちょうど1年経った。

先生に、「この子は元気そう、今までの中で一番可能性ありそう!」と言ってもらった。

そして8週まで出血なし。

検診にいったら心拍確認。

一人で泣いた。

 

もともと育ちにくい私の身体、奇跡的に育ってくれたのだと思ったから。

嬉しかった。

目を張らして病院を出たので旦那がまたきてくれるよとフォローしてくれた。

元気に動いてた報告をしたらすごい喜んでくれて。また泣いた。

嬉し泣きで泣いて、幸せな涙だった。

 

出血は妊娠6カ月ごろまでとまらず、8ヶ月には切迫早産になり外出禁止。

大変な子だったけどすべてがいとおしかった。

いつも流れたらどうしようと不安があったけど、今年の7月にうまれてきてくれた。

はじめての流産のときの子供がうまれてきてくれる予定の月だった。

悪い思い出にしないように1年後に来てくれたのかなとおもった。

生まれてきてくれた息子に感謝。

 

著者:ちぇり

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