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《不妊治療体験記 後編》不妊治療。お金も時間もかかり、募る焦り……希望の光、”卵管造影検査”は痛いのか!?

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《前編はこちら》

第一子男子を出産後、夫の実家が男系であることから「せめてひとりくらい女子が欲しい!」と産み分けでの通院から1年が経過。

なかなか授からないことをきっかけに、目的を不妊治療に切り替えた。

同時に、区の不妊治療費助成を申請しようとしたら、以前の病院のぶんは産み分け目的での通院だったため、タイミング法の助成がきかなかった……という事実をうけてどんよりしていた。

お金はかかるが、リターンはないかもしれない。

とんでもない博打のような気がしてきて、いろんなことに後ろ向きになっていた。

たとえるならば、ゴールが見えないのにトンネルをひたすら走り続けなきゃいけない、あの感覚。

 

精神的に不安定になっていることは自覚していた。

長男と夫が同席していたカウンセリングの席で、私は泣き出したことがあったのだ。

「赤ちゃんをもう一度、抱っこできる日が来るといいね」

そう、助産師さんに声をかけられた時だった。

長男は不思議そうに私を気遣い、夫はただ背中をトントンとさすった。

フルタイムで働き、長男を育てながら通院して……。

この生活は1年を超えると、お金より気持ちが先に破綻するかもしれない。


「できることは全部やろう」という最初の方針通り、セキソビットという高温期を維持させる薬を新たに取り入れ、様子を見ていたが、依然として妊娠の兆候がないまま、転院して半年が経っていた。

「そろそろ、ステップアップを考えるときに来ているかと思いまして」

タイミング法からのステップアップ、つまりは人工授精や体外受精に行くかどうかを検討する段階に入るという意味だった。

「その前に、まだやってない検査をやってみて、と思いましてね」

医師からは『卵管造影検査』というのを勧められた。

卵の通り道が詰まっていないかどうか検査するというもので、検査で造影剤を流すことによって開通し、妊娠しやすさがあがることもあるという。

しかし、検索すればするほど「痛い」というワードしか出てこず、一旦家に持ち帰って検討することになった。

「可能性があるならがんばろうか」

その結論はかなり早めに出ていた。

あとは、「私ががんばれ」。それに尽きた。

 

冬のある日、私は検査台の上に横たわり、卵管造影検査を受けた。

管を入れたあとにバルーンでふくらませるような感覚があり、軽い陣痛のような、ひどい生理痛のような、なんとも形容しがたい痛みが走ったのだ。

「もうちょっと、もうちょっとだからがんばって」

私の口からはもう「痛い」以外言えなくなっていたが、陣痛よりましか、帝王切開の術後よりましか、と、過去に受けたいろんな痛かったことを思い出しながら乗り切った。

「卵管ね、きれいでしたよ。詰まってなかった」

えーーーーー! である。

ネットで検索した内容では、卵管が詰まっていると痛い、というものが圧倒的だったが、そういうことでもないということなのだ。

さて、この検査後半年ほどは妊娠しやすくなると言われているので、あとはもう、“がんばった”あと、祈る。それしかない。

しかし、そこから数ヶ月は、かすりもしない日々が続くのだった。


「今後、どうされますか?」

我々夫婦は、医師から不妊治療をステップアップするかどうか、判断を迫られていた。

そろそろ治療を切り替えて確率を上げていこうということなのである。

しかし、出せるお金には限度がある。

もし、これが一人目の不妊治療であれば、そこは使える手をすべて使ってステップアップしたのかもしれない。

しかし、二人目であるということ。

今そこにいる長男をこれからも大事に育てていく、ということでもいいのではないか。

ひとりっ子である私が、きょうだいはいたほうがいいと言い、夫も同意して進めてきたことだが、ひとりっ子にもメリットがあることを私は知っている。

卵管造影検査からも4ヶ月経とうとしているが未だ妊娠の兆候は見えない。

もう、このままタイムアップで終了でも、いいよね……。

私たちの出した結論はそのようなものであった。


それはたまたま、セキソビットを休んでいる周期のことであった。

今期が最後の通院だと決めていた。

デュファストンはいつもどおりに飲んでいたが、どうも高温期が長い気がする。

はやる気持ちを抑えて、生理予定日から2日ほど経った日、妊娠検査薬を使ってみた。

「たいへんだ!中に、人がいる!」

トイレから出た私の要領を得ない発言に、すべてを察した夫は「ああ、そう」とだけいい、あとは普通に過ごしていたのが印象的だった。

その日、たまたま、妊婦である私の友人に会いに行く予定を入れていた。

なんとすでにつわりが始まっており、やたらと喉が渇き、すると吐き気が来るので、ひっきりなしに水分をとっていたのだが、まだ、妊娠の確定にいたっていないので誰にも言えず、しかし体は気をつけないといけないので、なんともぎこちない対応になってしまった。

友人のお腹をなでながら「そうか、この子と同級生になるのか……!」とまだエコーで見ぬ我が子に思いを馳せた。


数日後、病院でエコーを受け、胎嚢が確認できた。

この時で4週4日。心拍確認までの2週間はなんとも気の抜けない日々を過ごした。

そして6週4日。

「ほらこれ。心臓がピコピコしてるの見える?」

モノクロ画像のなかでしっかりと動いて、命をアピールする我が子の姿を見守った。

「よかったね」

1年近く通院していたので、顔なじみになっていたスタッフさんたちからの「おめでとう」はほんとうに嬉しかった。

 

産み分けからスタートした第二子の妊活は通算で2年近くを要したが、幸運にも授かることができ、抱っこをしている時には時々「もう一度赤ちゃんを抱っこできる日が来るといいね」と言われて涙した日のことを思い出している。

ちなみに産まれた第二子の性別だが、これ以上ないくらいかわいい、男子である。

今は男所帯の中に女がひとりだが、この生活はこれで、楽しい毎日なのだ。

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著者:kikka303
年齢:39歳
子どもの年齢:4歳11ヶ月・0歳7ヶ月

1976年東京生まれ、都立北園高校出身。東京モード学園に進学するもインディーズブランドブームにのって学校を中退、以降フリーランスのデザイナーとして活動。その傍ら、複数のテレビ局にてデジタルコンテンツを担当。2010年に結婚&出産。現在は都内某所にてWEBディレクター職についている。超イクメン夫、チャラい長男、食いしん坊な次男との4人暮らし。

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