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2人目は余裕、と考えていた私。無呼吸からのNICU入院にショック

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私が2人目を出産したのは40歳の時でした。

高齢出産なので不安ではありましたが、2人目という余裕もありました。

「一人で大丈夫」

と、入院から出産まで全てを自分でやってのけました。

 

無事に出産を終え、個室のベッドで赤ちゃんとご対面。

おっぱいをあげたり、ゲップをさせたりと、慣れた手つきで全て順調でした。しかし、2日目に異変がおきました。

おっぱいをあげ終わると、息子の顔色が段々と紫色に変化していくのです。

蛍光灯のせいかな?と呑気に隣にいた助産師さんに見せると、焦った表情で息子をパンパンと叩き、意識を取り戻してくださいました。

私は何が起きたのか?さっぱり分からず、ただひたすら動揺していました。

 

息子は無呼吸の原因を調べるためと、寝ている最中にまた無呼吸になっては危険なので、そのままNICUに入院となり、黄疸も出ていたため、光線療法も同時に行われました。

連絡を受け、すっとんで来た旦那とNICUに入ってみると、小さい体で頑張っている息子がいました。

足には心拍が止まるとピーと鳴る器具が付けられています。

二人で不安げにのぞき込んでいると、度々ピーと鳴ります。

私は不安と罪悪感で涙が止まりませんでした。仕方ない、運命なのかもしれないけれど、自分は今回の出産に対し、

「2人目は余裕」

という驕った考えを持っていました。

 

血液検査などを終え、結果が出るまでに2日を要しました。

医師からの説明は息子の横で行われました。

「赤ちゃんには、たまにある症状で、肺呼吸に対応するのに時間がかかる子がいます。

黄疸が収まれば、その他は健康なので赤ちゃんに頑張ってもらうしかありません。

今は脳にどんな影響がでたのか判断はできませんが、報告を聞いた限りでは長い時間呼吸が止まったわけではないので、大丈夫だとは思いますが、絶対とは言えません。」

と説明があり、私は愕然としました。

 

同じ日に出産したママ達がドレスを着た赤ちゃんを連れ、次々と退院していくのを何とも言えない心境で見送り、自分も荷物をまとめました。

からっぽのベビーベッドが余計に悲しくさせます。

「がんばろう!息子もがんばっているんだしママが頑張らなくてどうする!」

と自分を奮い立たせ、NICUに入院したままの息子におっぱいをあげに行きました。

すやすやと眠りにつくのを見届け、病室を後にしました。

本当に情けなく、不安にも勝てず、暫く歩くこともできないでいました。

 

それからは毎晩、タクシーをとばして授乳に向むかいました。

他の時間帯は冷凍保存した母乳を病院側に預け、哺乳瓶であたえます。

最初は手で搾乳をしていましたが、それだけで時間が過ぎてしまうため、搾乳機を購入。

これは便利でした!

一人目の時におっぱいが詰まって救急へ駆け込んだことがあるのですが、まるで牛になったかのようにスッキリと絞り出してくれます。

息子は心配だった呼吸も順調で、その後3週間程の入院で無事に退院することができました。

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著者:なんちゃってデザイナー
年齢:43歳
子どもの年齢:7歳と3歳

ちょっと神経質な長男と、発達障害の次男に振り回され、すっかり男性のように変化。自分の時間がなかなか持てず、ついつい怒りがち。そんな時は長男と空手対決でウップンを晴らしています!

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。