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「こんなに頑張ってるのになんで出ないの?」母乳で極度のストレス状態に。今振り返って思うこと

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色々あって丸3日ほど一睡もしない出産が終わったと思ったら、今度は母乳指導が始まった。

私が入院していたのは都内でも母乳指導の厳しさで有名な病院。

それなりに覚悟はしていたものの、想像を超える長い戦いが始まってしまった…。

 

母子同室で過ごしつつ、検査や点呼、ママのトイレやシャワーの際は新生児室に預けるシステムだった我が産院。

自分で母乳もあげられず、オムツもよくわからないような新米ママは、子供が泣くたびに新生児室の門をたたくことになる。

 

私の母乳は絶望的に出なかった。

そもそも子供が乳首を咥えられない。

何度も口にふくませようと頑張るものの、全然ムリ。

なんとか咥えたと思っても、母乳が出ていないのか、顔を真っ赤にして怒り出す。

心の中で「俺とお前の戦いだ!」というセリフがこだまする中、助産師さんの応援の声に心を奮い立たせて何時間も頑張った。

無駄に根気だけはある私。

2日目には、もはや新生児室の主のようになっていた。

 

新生児室では、吸わせる前と後の体重で母乳の量を測定するわけだが、「まあー、さすが経産婦さん!60㏄も出てる~」などと言われているママさんを眺めながら、次第にどす黒い感情が湧いてくるのが分かる。

どうして?こんなに頑張ってるのに、なんで出ないの?

…ほとんど眠れていないこともあって、極度のストレス状態になっているのが自分でも分かった。

精神的に限界を感じ、3日目には急きょ個室に移動させてもらったほどだった。

 

そんな3日目のあるとき、助産師さんがこう言った。

「体重も減ってきちゃってるから、ミルク飲ませますか?」

 え?今までミルク飲ませてくれてなかったんですか…?

私は自分の母乳のことに精一杯で、子供がミルクも何も与えられていないことに気が回っていなかった。

確かに、記録に書いていないので飲ませていないはずなのに、当然飲ませてくれているものだと思ってしまっていた(周りの子たちは飲ませてもらっていたのだが、ママが申告しない限り飲ませないということだったらしい)。

なんてこと!!あまりにも子供に申し訳なくて、自分が情けなくて、新生児室でワンワン泣いた。

赤ちゃんが丸2日も飲まず食わずだったなんて、なんて酷い母親なんだ私は!

 

そこからは、母乳については長い目で頑張ろうと思い直すことにした。

電動搾乳機のレンタル申し込みをして退院した。

 

実家に戻ると、搾乳する→子供泣く→おっぱい吸わせる→搾乳した母乳+ミルクをあげる→搾乳する→子供泣く…の無限ループに突入した。

子供が泣いてからミルクをあげ終わるまでに、毎回30分~1時間くらいかかっていた。

実家に行っても「俺とお前の戦いだ!」の日々を続けていたのだ。

おかげで両手とも酷い腱鞘炎になってしまった。

今考えるとバカバカしいにもほどがある。

何故そんなにこだわっていたのだろう。

 

2か月たっても、3か月たっても十分に母乳を吸わせることはできなかった。

そんなある日、異常な胸の痛みとインフルエンザ罹患以来の高熱が突如として襲ってきた。

そう。乳腺炎にかかってしまったのだ。

母乳を吸わせることもできないのに乳腺炎にかかってしまった私。

母乳マッサージをやってもらって事なきを得たが、そこでようやく目が覚めた。

 

いいじゃん。ミルクで。

 

そう思い、あらためて子供のことを見つめた。

たっぷりミルクを飲むし、夜はよく眠るし、健康だし、なにより可愛いし、なにも言うことはなかった。

誰よりも大切な自分の子供が目の前でスクスクと育っているのに、母乳だとかミルクだとか、どうだっていいじゃないか。

そんな当たり前のことに気づくのに、4か月弱もかかってしまった。

私は本当に馬鹿だ。

 

母乳が出なくて悩んでいるすべてのママたちへ。

傍らにいる自分の赤ちゃんを見つめてあげてください。

母乳でもミルクでも、愛情があればどちらだっていいんだと思いますよ。

 

著者:ピロ

元イベントプロデューサー。夫の転勤を期に今春より初めての主婦生活&初めての関西生活に突入。趣味は舞台鑑賞・映画鑑賞・読書・旅行。大好きな文章を書きながら、世の中で最も苦手だった家事に精力的に挑戦中。最近、息子の好物が「たこやき」になりました。

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