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稽留流産を経験。今でも思い出すたった2ヶ月でもママにしてくれた子

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●妊娠から子宮内胎児死亡と診断されるまで

妊娠がわかったのは、2011年10月のこと。

検査薬に陽性反応があり、病院を訪れました。

妊娠5週

胎のうという、小さな袋を確認することができました。

二度目の健診では、チカチカと光る心拍を確認。

はじめて見たわたしの赤ちゃんは、まるでクリオネのようなかたちをしていました。

吐き気はあったものの、つわりは軽く、妊娠はとても順調だったのです。

三度目の健診は、妊娠11週

赤ちゃんに、まぁるい手足が生えていました。

「大きくなりましたね」

と喜ぶわたしに対して、医師の言葉は残酷なものでした。

「でもね、赤ちゃんの心拍はもう止まってしまってるんだよ」

診断名は『子宮内胎児死亡』。

稽留(けいりゅう)流産と呼ばれるものです。

「亡くなってから2日ほど経過している」

と医師。

2日前のことを思い出してみても、特に変わったことはありませんでした。

 

●診断から手術を受けるまで

内診台を降りたあと、医師からさまざまな説明を受けました。

初期の流産は、妊娠全体の15パーセントほどの割合で起こること。

その多くが赤ちゃんの先天的な異常が原因であること。

死んでしまった赤ちゃんは、手術を受けて取り出さなくてはいけないこと。

「どうして死んでしまったんだろう」

わたしに自覚症状はありませんでした。

胸やけのようなつわりは続いていて、まだ生きているのではないかという希望をどうしても捨てきれませんでした。

 

●そして迎えた手術の日

診断を受けてから2日後、わたしは再び内診台にあがりました。

エコーに映し出された我が子は、くしゃくしゃに小さくなってしまっていました。

ほんの2日前までは、はっきりと見えていた手足も、もうわかりません。

「本当に死んでしまったんだ」

もう生きてはいないことを痛感しました。

はじめに、内診台のうえで子宮口を拡げる処置を受けました。

痛みを感じる人とそうでない人がいるそうですが、わたしはかなり強い痛みを感じました。

挿入時は体を貫かれるような鋭い痛みを感じ、時間が経つごとに生理痛のような鈍い痛みにかわったことを覚えています。

2時間ほどかけて子宮口を開き、いよいよ手術です。

全身麻酔をかけて行われ、わずか10分ほどで終わったと聞きました。

意識が戻ったのは手術開始から2時間後。

たった2ヶ月の、短い妊娠生活が終わりました。

 

●それからのこと

子宮内が空っぽになっているかどうかを確認するために再度病院へ。

幸い、トラブルもなく通院は一度で終わりです。

また、

妊活を再開していいのは、生理を3回見送ってから」

と指導を受けました。

妊活を再開してまもなく赤ちゃんを授かり、現在は一児の母となっています。

それでも、亡くなってしまった子のことを思い出さない日はありません。

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著者:シノヅカヨーコ
年齢:28歳
子どもの年齢:2歳7ヶ月

育児、暮らしにまつわるネタを中心に、あちこちで執筆活動をしています。女子力は出産とともに産み落としました。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。