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高ストレスだった妊娠中。29週の検診で急遽入院、35週までただただ耐える日々

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初めての妊娠はつわりで気づきました。

母や夫の母もつわりを経験せずに出産したために理解が得られず、1ヶ月半吐き気に耐えながら、私だけが家事をすることに不満を感じていました。

当然ながらつわりには薬が処方されず、病気ではないために周囲の協力が得難く、怒りに近いやるせない感情が湧いていました。

切迫流産を経て頻尿や眠気に悩まされながら、日々の流れが遅く感じていました。

そのような環境の中、だんだんと妊娠生活に嫌気がさしていました。

 

29週の時、ノンストレステスト(NST)を受けました。

お腹がギュッと締め付けられる感じは以前からありましたが、それが普通だと思って気にしていませんでした。
診察室に戻ると助産師さんから、子宮頸管が2.8mmな上に、張りが頻繁で規則的過ぎると説明を受けました。

このままだと、陣痛が始まってしまう可能性があるので、今すぐ入院するよう医師から促されました。

私は赤ちゃんに何らかの危険があるのだと思い、入院治療を受けることで破水陣痛が回避できるのかを確認しました。

医師が

「95%大丈夫です」

と答えたので、祈るような気持ちで即入院を決意しました。

妊娠してからこれまで、授かった命は大切に育みたいと考えていたため、仕事を事務職に配置換えし、徒歩30分の通勤のうち一部をバスに変えることもしました。

それなのに、何故お腹が張るのか疑問でいっぱいでした。

 

入院後すぐに人生で初めての点滴をしました。

数時間すると頭痛とこめかみの鈍痛が出たので看護師さんに相談しましたが、こめかみが痛くなる副作用はないはずだと笑いながら言われ、頼んでも頭痛薬の処方は断られてしまいました。

さらに、入院といっても数日くらいと思っていたのにもかかわらず、医師から具体的な入院期間が示されないこと、重力に逆らって寝ていなければならないこと、24時間点滴をしているので身動きが取れないことから精神的に追い詰められていきました。

 

そんな中、夫からの電話で義父から見舞いの申し出があると聞き、耐えられなくなり涙が止まらなくなりました。

義父には、つわりの最中でもスポーツゲームに参加させられたり、吐き気への対策として義父の二日酔い対策を勧められたりしたため不信感が募っていたのです。

ストレスを感じるとお腹が張る気がしていたので

「見舞いはストレスになり、お腹が張るので止めて欲しい」

と追いつめられた気持ちで泣きながら訴えたことを覚えています。

その後インターネットで体験談を読み、出産していい週数まで退院できないと知ったので、諦めて何もせずベッドでボーッと過ごすようになりました。

ただただ耐えた入院生活でした。

 

こんなにつらかった入院生活ですが、振返って理由を考えてみると、

1.妊娠初期、病院で「普段の80%の力で働けば大丈夫」と言われたのにもかかわらず、20kgほどの荷物を持つ仕事をしていたこと。

2.買い物や仕事に行くので毎日計2時間弱歩いていました。妊娠して身体が重く、普段より何をするにも時間がかかったので無理をしてしまったのです。

これらが原因で、子宮頸間管が短くなったのかもしれません。

 

結局、35週で退院してからも横になっていました。

家の中を歩くようになった2日後、正期産1週目の37週破水

入院中も常に破水の危険があったのだと改めて感じました。

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著者:AJ
年齢:39歳
子どもの年齢:1歳と4歳

まさか、4歳で保育園にはいれないとはと感じ、育児支援ボランティアに参加。保育園待機児童が2人いて、在宅でできるクラウドソーシングークをたまに受注したりして待っている。こだわりが強すぎる長男、一方で成長の早い長女がいる。

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