2010年1月に女の子を出産した漫画家の伊藤理佐さんと、ご主人の吉田戦車さん。出産当時、伊藤さんは40歳、吉田さんは47歳でした。漫画家夫婦の仕事と育児のバランスや役割分担はどうしているのでしょうか? お互いの価値観の違いや、その折り合いの付け方についても語っていただきました。
母性のせいで仕事復帰できない!?
吉田:産後、仕事はどのくらい休んでたんだっけ?
伊藤:『週刊文春』で連載している「女の窓」を、吉田さんに産後3週間だけ代わりにやってもらったんだよね。タイトルも、「男の窓」にしてもらって。その他の仕事は、産んで3ヶ月で戻ってきますって言って休んでたんだけど復帰できなくて、産休を半年のばしてもらっちゃった。
吉田:保育園にも申し込んでだのに、断ってね。
伊藤:4月から保育園に入れようと思ってたんだけど、入園の通知が来たとき娘はまだ3ヶ月。「こんなにちっちゃい子を預けられないよ〜」と思って断っちゃいました。仕事を休んだのが本当にはじめてで、サボり心も出てきていたから、仕事に復帰できない理由を母性のせいにして、さらに半年間、赤子とべったり暮らしました。
吉田:二人とも、仕事は子どもが生まれる前と同じペースで続けるつもりだったから、ベビーシッターさんを紹介してもらって。
伊藤:そうそう、同業者の西原理恵子さんのお子さんのシッターやってた方で、漫画家の不規則な仕事のこともよく理解しているから、すごい助かるよね。それからずっと、今もお世話になってる。
同じ屋根の下での仕事はやっぱり気を使う!漫画家夫婦の共存事情
吉田:ベビーシッターさんがいなかった頃は、そっちは母乳あげて俺は風呂に入れてっていう感じで、いろいろ分担してやってたよね。だからか、娘が生後半年過ぎた頃、「二人でたまには実家に帰ってくれよ」という気分になったことがあった。
伊藤:すごい帰れオーラが出てたから、「あ、はい、帰ります」って。1週間ぐらい長野の実家に帰ったら、それはそれで楽しかったけど。
吉田:そのときは、少し楽させてもらいました。さびしかったけどね。久しぶりのひとりぼっちだ!って、開放感に浸ってた。
伊藤:すごく嬉しかったみたいで、「長野で仕事すれば」って、仕事用のパソコンまで買ってくれて。そこまでの勢いなのか!とか思いながら、「買って、買って!」ってお願いしたけど。
伊藤:やっぱり、同じ屋根の下で仕事してるとお互い気をつかうよね。台所で音がしたら、「あ、いまお茶飲んでるな? じゃあ後にするか」ってなるし。
吉田:さすがに3食一緒に食うと煮詰まるから、お昼は基本俺が外で食べるようにしてます。台所で何か作ってて見られるとイヤなんで、自分の部屋のカセットコンロでインスタントラーメンつくって食べたりすることも。
伊藤:かと思うと、ヘルシーな料理をつくるのも好きだよね。
吉田:そうやってバランスとってるからね。産後1ヶ月は、俺の好きなように台所を使ってたのに、そっちも主婦の意地で料理をしはじめて、「新居の台所は私のものよ」って主張しだしたから、寂しかった。あと楽だからって、食材お宅配サービスも利用しはじめたのも実はちょっと不満で。スーパー好きの俺が買い物して何かつくるっていう流れが、乱されてきたんだよね。
伊藤:えー、今までなんで宅配にしなかったんだろ?って私は思ったけど。すごく楽だから。
吉田:言ってくれれば、俺が買ってくるのに。
伊藤:いや〜、言えないって。仕事してるとき、「ネギ買ってきて」とか言えないよ? すごい怒ると思うよ。
吉田:それも段取りだから、夕方に買いにいくとか、仕事の合間に行くとかするし。
食べさせる?食べさせない?母乳VS離乳食戦争
伊藤:そういえば離乳食のことで、一回、意見が分かれて対立したことあったよね。妊娠時代に読んだ本で、私が母乳信仰にはまっちゃって。ありがたいことに産後すぐ母乳が出てくれたから、「ミルクも水もやらない、1歳2ヶ月までは離乳食もあげずに完全母乳」って決めて。でも、まわりの「おかしいんじゃないの?」っていう声に負けて、結局1歳になる前ぐらいに、ちょっとはじめたの。
吉田:重湯とか、じゃがいもつぶしたのとかから始めて。そしたら、豆腐つぶしてるから、「豆はアレルギーになるかもしれないから、重湯でいいんじゃないの?」って言った瞬間、1歳2ヶ月まで母乳っていうのを思い出しちゃって、「やっぱりやめる!」って言いだして。
伊藤:シッターさんもびっくりしちゃってさ。でもお母さんがやることに反対はできないから、「あのう、ホントに離乳食をやめるんですか?」って確認されたけど、「やめます!」って断言して。それからまたしばらくは母乳だけにした。
吉田:「こんな嬉しそうに食ってるのに、なんでやめるんだ!」って、俺がキレたんだよね。「こんなにおいしそうに食って、ちょうだい!ちょうだい!言ってるのに」って。
伊藤:当時の私にはそうは見えなかったんだよ。でも、そのときのビデオを今見返すと、「うめえうめえ、もっとくれ〜」って言ってるんだよね。いま娘はすごい食いしん坊で、なんでもよく食べるから、シッターさんが「きっとあのときのショックで、今食べないと食べられなくなるかもって恐怖心があるんじゃない?」って。「子どもの好き嫌いをなくしたいなら、離乳食をやめてみようって、育児書に載せたほうがいいですよ」っていじめられる。
<第3回目へ続く>
伊藤理佐
漫画家。1969年生まれ、長野県出身。2010年、第一子出産。87年、『月刊ASUKA』に掲載された「お父さんの休日」でデビュー。2005年、『おいピータン!!』で 第29回講談社漫画賞少女部門受賞。06年、『女いっぴき猫ふたり』『おんなの窓』など一連の作品で第10回手塚治虫文化賞短編賞受賞。代表作に、『やっちまったよ一戸建』『なまけものダイエット』『おかあさんの扉』など。
吉田戦車
漫画家。1963年生まれ。岩手県出身。1985年、雑誌のイラスト等でデビュー。1991年、『伝染るんです。』で第37回文藝春秋漫画賞を受賞。代表作に『ぷりぷり県』『火星田マチ子』『まんが親』『おかゆネコ』、エッセイ集『吉田自転車』『逃避めし』などがある。2015年、一連の作品で第19回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。
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編集/山上景子 文/樺山美夏