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あの日、帰宅難民になったパパが考える、夫・父として意識しておくべき2つのこと

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2011年3月11日、東日本大震災が起こった時、わたしは千葉県にある高層ビルの15階にいました。

震度5以上という大きな揺れを初めて体験し、止まらないビル揺れに酔い、防火扉がバッタンバッタン音を立てて開いたり、閉じたりする中でも、心は案外平静でした。

なぜなら、目に見えて被害があるわけでもなく、周囲の同僚も大きく取り乱すこともなく、パソコンも正常に動くし、やるべきことはたくさんあるという状況は何も変わっていなかったからです。

いま思えば、高層ビルというのは、外界と遮断された孤立している場所だったのです。

 

これは尋常ではない、と気づいたのは妻からのメールを見た時でした。

「岩手が津波で大変なことになっている」

そんな本文とテレビで映る映像を写メで撮り、送られてきた画像を見て衝撃を受けました。

とりあえず家族の状況が知りたいと電話をかけると、家のガスは止まっており、当時5ヶ月の娘を抱いて、余震に怯えながらテーブルの下に隠れていました。

「早めに帰るから」

という話をし、携帯を切りましたが、それから半日ほどは回線の混雑のために連絡をとることは出来ませんでした。

 

結局、地震発生から1時間ほどして早期退社となったのですが、通勤片道2時間という離れた場所のプロジェクトに参加していたわたしは、当然帰宅難民となってしまいました。

当日はプロジェクト先の近くに住む上司の家に泊めてもらったのですが、そこでは電気、ガス、水道のライフラインが完全にストップし、トイレの水はお風呂からバケツで組んで流すという状況でした。

近所のスーパーに行くと、懐中電灯を照らしながら、紙とペンで金額を計算する店員さんとごった返すお客さんたちであふれています。

ここにきてようやく、集団的なパニックさえ起こりうる危機的な状況であることを心から実感したのでした。

 

震災後、一番困ったのは、水の問題です。

福島第一原発がメルトダウンを起こしたとのニュースが流れると、街から飲料水が消えました。

子どもを持つ親としては、放射能が混じっている可能性があるという水道水でミルクを作ることはできず、田舎から取寄せたり、離れた目立たない自販機でミネラルウォーターを買ったりと、大変な思いをしました。

 

これらの経験から導き出される対策は、ごく当たり前のことです。

まず、家族と連絡が取れなくなった時の状況を想定しておくことです。

キャリアが用意する災害用伝言ダイヤルの活用方法を知っておき、また被災した場合の集合場所を決めておくことが肝心です。

次に飲料水等の備蓄品を用意しておくこと。これは市役所のホームページなどでも蓄えの目安があるんで確認しておくといいですね。

 

最低限、この2つ意識しておくだけで、いざという時の安心感は全く違うのではないかと思います。

妻や子どもは、いざという時には夫、父親しか頼れない、その事を頭に入れておくべきだと思います。

仕事の関係でどうしても家族と離れた場所に行かなければいけない方こそ、日頃から気をつけておくようにしたいものですね。

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著者:桃のようなパパ
年齢:27歳
子どもの年齢:4歳

家族3人。愛娘が1人。当時はシステムエンジニアをやっていました。現在は専業主夫になれないかと目論見ながら家族のためにバリバリ営業マンしてます。 

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