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これで家族みんなで暮らせる、と言い聞かせ…5ヶ月の次男に「気管切開」という決断

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次男は妊娠8カ月の早産で産まれ、しばらくNICUの保育器の中で育ちました。

やがて体重は2500gを超え、保育器からは出られましたが、呼吸状態は改善しなかったので呼吸器のチューブを外すことはできませんでした。

3000g、3500g、4000g…。

体重が500g増えるたび、呼吸器のチューブを外し、そのまま離脱可能かどうかのチャレンジをしていたのですが、いつも翌日には再挿管されていた次男。

これでまた、しばらく連れて帰れない…と落ち込むことが何度もありました。

 

生後5カ月になった時、次男は「気管軟化症」であるという診断が下されました。

これは、気管内部の軟骨が未発達で柔らかいために、呼吸の時に気管がつぶれてしまう症状です。

成長して体が大きくなるにつれて気管も広がってくるため、大きくなったら治る可能性が高いとのことですが、現実的な治療として気管切開を行なうことをすすめられたのもこの時でした。

 

わが子が気管切開・・・?

私はめまいがするほどの衝撃を受けていました。

こんな小さな次男の喉に穴を開けるなんて、到底受け入れられない。

気管切開をしたら何年もの間、次男は大変な思いをして過ごさなければならないし、かわいい声だって聞けなくなってしまう。

 

なんとか次男が気管切開をしなくてすむように、私は毎日ネットで他の治療法はないか調べていました。

もしかしたら、次のチャレンジでチューブを外せるかもしれないし。

そう思ってもいたのですが、もう5カ月以上も次男が入院しているという現実に限界を感じはじめていたのも事実です。

 

気管のチューブに手が引っ掛かって抜けると大変なことになるので、次男の両手は張り付けのようにベッドに固定されていました。

外してもらえるのは、面会の時だけ。

安全のための拘束とはいえ、動きも活発になり、周囲の状況も分かってきた次男の成長の妨げになっているのは明らかでした。

 

さらに耐え難かったのは、面会に来た私が帰る時、いつも次男が寂しがって泣いてしまうこと。

どうして連れて帰ってあげられないのかと、心が折れてしまいそうになることがたびたびありました。

 

主治医と主人、私の3人で何度も話し合いを重ね、結局私たちは気管切開という選択肢を選びました。

決め手となったのは、小児の気管切開を何人も見てきた大学病院の先生の一言でした。

「このまま体が大きくなるのを待つとしても、体重が15㎏を超えないとチューブを外すのは厳しいと思いますよ」

それを聞いた私たちは、ああ、もう本当に気管切開しか手段がないんだ、と覚悟を決めざるをえませんでした。

そして、その日のうちに気管切開の同意書を先生に渡したのです。

 

それから1カ月後、次男は気管切開の手術を受け、口に入っていたチューブを外すことができました。

これで家族みんなで暮らせるようになるね。

おっぱいだって、口から飲めるようになるよ。

お兄ちゃんともいっぱい遊べるようになるね。

手術後の痛々しい姿の次男を抱きしめ、次男にも自分自身にも、何度も言い聞かせていました。

 

手術から1年以上が過ぎた現在、次男はとっても元気に過ごしています。

8カ月にわたる入院生活での遅れを取り戻すかのように、よく笑い、よく動き回る子になりました。

気管切開したことで生じるリスクもたくさんありますが、なんとかやり過ごしつつ家族と暮らしています。

気管切開して『よかった』、とまでは思えませんが、決断に後悔はありません。

この選択がなければ、今も次男は入院生活を送っていたかもしれないからです。

今は次男のいる生活を楽しみつつ、気管切開を閉じられる日が1日でも早く来ることを祈っています。

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著者:minimix
年齢:40歳
子どもの年齢:3歳と1歳の男の子

次男の病気を機に仕事を辞め、ライターとしての活動をはじめました。趣味はベリーダンス。歌や踊りが大好きな子供たちと、にぎやかな毎日を過ごしています。

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