妊娠・出産・育児の情報サイト


「歩けないとNICUに行けませんよ」帝王切開後の痛みに耐え、まだ見ぬ我が子のもとへ

f:id:akasuguope01:20160223222605j:plain

妊娠8か月の時に突然陣痛が始まり、緊急帝王切開で次男を出産しました。

一刻も早く赤ちゃんを取り出す必要があったため、全身麻酔下でのオペでした。

その後、産まれたばかりの次男はすぐにNICUに搬送されたため、私はその顔を見ることができなかったのです。

麻酔から覚めて意識が戻ってからというもの、私は次男に会いに行くことばかりを考えていました。

 

でも、オペ後は丸1日ベッド上安静。

その日面会に来てくれた主人は一足先にNICUに次男に会いに行っており、その時の写真を見せてくれました。

ドキドキしながら覗き込んだデジカメでしたが、画面ごしではなんとなくの雰囲気しか伝わらず、ますます思いは募るばかり。

離床がOKになったらすぐに会いに行く!と、心に誓いました。

 

そして翌日。

トイレまで歩いてもよいとの許可が出たので、早速起き上がってみました。

でも、初めての離床はとにかく痛みが強く、数メートルも歩くことができませんでした。

廊下を出てすぐのトイレにすら、たどり着くことができなかったのです。

付き添ってくれた看護師さんからは、

「歩けないとNICUには行けないですよ」

と、非情な宣告。

 

じゃあ、絶対に歩けるようになる!

1秒でも早く、赤ちゃんに会いたい!

歯を食いしばって痛みをこらえつつ、ひとり歩行訓練を始めました。

 

私が搬送された病院は、産婦人科病棟とNICUが別の病棟にあるという、なんとも不親切な構造でした。

連絡通路などもないため、産婦人科病棟を出てエレベーターで1階まで降り、そこから二つ先の病棟まで歩いて行って、エレベーターでNICUにまで行くという、気が遠くなるほどの距離があったのです。

痛みのために脂汗を流しながらも、何とか病棟内を1周できるようになった時、

「あとは気合いで何とかなる!」

とナースステーションへ乗り込みました。

 

「歩けるようになったので、NICUに行きたいんです」

看護師さんは、当然止めようとしました。

「そんなに早く、NICUに歩いて行った人なんていませんよ。せめてご主人が来られるまで、待たれたらどうですか?」

「病棟内は、もう自分で歩けてるんです。痛み止めも効いてるし、大丈夫です」

本当はまだ手すりがないと歩けないし、痛み止めを飲んでいても傷は痛んでいました。

「もう、歩けます」

何をいっても引き下がらない私に、看護師さんもついにはNICU行きを許可してくれました。

 

やった!と、その足で私はNICUに向かいました。

「やっと会える…!これからは何回でも会いに行こう!」

が、実際はそう簡単なものではありませんでした…。

 

まず、産婦人科病棟を出たところで痛みに耐えかねて座り込み、エレベーターを降りたところでめまいがひどくなって動けなくなる。

途中で迷子になって保護され、顔面蒼白を理由に連れ戻されそうになる。

NICU病棟を目前に、痛みと吐き気のため立ち上がれなくなる…といった調子で、思った以上に困難な道のりでした。

途中、何度も、

「もう無理かも…」

と思いましたが、ただ、わが子に一目会いたいという執念だけで前へ進み、1時間近くかけてやっとNICUに到着したのでした。

 

NICUでは、産婦人科から連絡を受けていた看護師さんがすぐに対応してくれました。

赤ちゃんは、一番奥ですよ!」

ああ…わが子までの道のりはなんて遠いんだろう…と、ため息をつきそうになった瞬間、どうぞ!と車椅子が差し出されました。

「帰りは看護師が送りますね!」

よかった!!

実はたどり着くだけで疲労困憊だった私は、心底看護師さんに感謝しました。

 

結局、帰りは車椅子で部屋まで送ってもらったので歩かなかったのですが、夜中になってお腹の痛みがひどくなってしまいました。

NICUまで歩いて行ったことに後悔はありませんでしたが、無理しすぎもよくないなぁと、ちょっぴり反省した私でした。

f:id:akasuguedi:20160328123453j:plain

著者:minimix
年齢:40歳
子どもの年齢:3歳と1歳の男の子

次男の病気を機に仕事を辞め、ライターとしての活動をはじめました。趣味はベリーダンス。歌や踊りが大好きな子供たちと、にぎやかな毎日を過ごしています。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。