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産んだらいつでも抱けると思っていた。保育器の我が子を「返して欲しい」と泣いた日々

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予定日より10日早い出産でした。

明け方におしるしがあって、すぐに腹痛が。

初産でよくわからなかったのですが、腹痛が定期的になって陣痛だとわかり、そのまま病院へ入院。

 

なかなか子宮口がひらかず、子宮口が全開になるころはもう30時間以上陣痛に耐え、体力はほとんどなく分娩室には車イスで移動しました。

分娩台に上がってからもなかなか赤ちゃんがおりてこず、助産師さんが破水させてくれてもだめ。

恥骨に赤ちゃんがひっかかっているとのこと…横向きでいきむも力が入らず、吐いてしまったり呼吸もうまくできず酸素マスクをして…

「赤ちゃんに酸素がうまくいかないから、深呼吸して」

と助産師さんに促されました。

分娩台にあがって3時間以上たってからやっと産まれた我が子。

抱きしめたいけどうまく力が入らず…でも、

「明日から母子同室なんだからいつでも抱けるから」

と、ただ呆然としてました。

 

病室に戻りいろんな人に出産報告をしていると、助産師さんと小児科の先生が話があると来ました。

赤ちゃんに異常が見つかり、NICUに入院すると。

検査の後で話があるから、2時間後に小児科にきてくださいと。

誰の話をしているのか…わけがわかりませんでした。

だって、私の赤ちゃんは元気な産声をあげてたのに。

 

産後まもない身体で壁をつたいながら小児科へ。

そこには、先ほど元気な産声をあげて産まれた我が子が、保育器の中でたくさんのコードをつけられていました。

まだ小さな小さな手の甲や足のかかとには点滴が。

小さな小さな胸にはたくさんのコードが。

 

呼吸障害。

そう言われました。

私のお産が長引いたから。

ストレスがかかってしまった。

先生の話はうまく頭に入ってこない。

ただわかるのは、私は我が子を抱けないということ。

 

自分の病室にもどってから、隣から聞こえる他の赤ちゃんの泣き声、楽しそうな話し声、すべてがつらかったです。

いろんな人の面会を断り、1日2回我が子にガラス越しで会えるのを楽しみに、おっぱいをあげられる日を夢見て、携帯にとった保育器の中の我が子の写真をみながら搾乳機で搾乳してました。

病室で毎日泣いて、『赤ちゃんを返して欲しい』と、無理だとわかっていてもお願いしました。

 

結局、病室に我が子を残したまま私だけ退院。

退院後も面会に通いつづけ、9日後、やっと保育器から出た子を抱くことが出来ました。

点滴の跡が両手にあり、手の甲は青紫色になってて…だけどその手に触れることが出来て、本当に嬉しく涙しました。

 

産んだら母子同室が当たり前だと思っていたし、まさか自分がそんな思いをするとは思っていませんでした。

そんな我が子も今では元気に日々成長しています。

著者:ぼんぼん

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。