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「病院だけど、ここで娘は育ってる」生後すぐから1年間に及んだ入院生活。多くの人に支えられて無事退院

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二人目の子供を授かった私は、2歳になる長男をつれて里帰り出産で女の子を産みました。ところが生後間もなく娘の病気が発覚し、娘は1年にも及ぶ入院生活を強いられることになりました。

娘のそばにいたかったので、私と長男はそのまま私の実家にお世話になることに。主人は現在の家で一人暮らし、平日は仕事をし、週末になると車で2時間半の道のりを会いに来るという家族バラバラの生活が始まりました。

娘が最初に入院したのは、NICU(新生児集中治療室)と呼ばれる部屋でした。医療器具が多く並び、心電図のモニターや他の器具のアラーム音などがなる薄暗い部屋でした。通い始めた頃はその様子に戸惑い、娘のベッドの脇にただ座っているだけの時間が長かったです。そんな私の意識を変えたのは病院のスタッフさんでした。


医師や看護師はにこやかで優しく、病気の娘にさも病気などないような自然な触れ合いをしてくれました。特に主治医の女性は娘を大変かわいがってくれて、ロッカーに娘の写真を貼り、「●●ちゃんはアイドル。この病院のセンターだ!」と言ってくれていました。そんな穏やかな人達に囲まれ、私も「病院だけどここで娘は育っている。私もここに面会に来るのではなく育児をしに来るんだ。」と気持ちを切り替えることができました。

病院は24時間面会可能でした。朝長男を保育園に預け、日中は娘と過ごしました。決まった時間にご飯、お風呂。その他の時間はオモチャを使って遊んだり、絵本を読んだりして過ごしました。

体調が落ち着いてくると、病室がGCU(継続保育治療室)へ移動になりました。こちらは比較的症状が落ち着いている子供が過ごす部屋で、室内は明るく外からの光も入り、オモチャの音楽の音や、付き添いのお母さん達の話声が聞こえてくる部屋でした。この部屋には保育士さんがいて、一緒に子供の手形や足型を使った絵の制作をしたり、私が付き添えない時間も一緒に娘と遊んでくれたりしました。娘はもともと明るい性格だったのだと思いますが、様々な病院のスタッフさんに話しかけてもらえ、一日中ニコニコして過ごせているようでした。

病院ではなるべく自分でできることはしていきました。娘の着替え、オムツ交換、お風呂、ご飯、医療行為(吸引、注入、浣腸やマッサージ等のお腹のケア)も一通り覚えました。母として、娘に関することはなんでもできるようになりたいという思いが強かったです。院内には和室の部屋があり、畳の上で母娘二人、ゆったり過ごせる時間も作ってもらえました。

主人や祖父母も面会をしに病室内に来てくれました。ただ、中学生以下は感染の恐れがあるため入室禁止となっており、長男は病室に入れず、ガラスの窓越しに娘と会っていました。近くにいるのに、窓一枚しか挟んでいないのに、なんだか距離を感じて寂しく思い、早く二人を直接会わせてあげたいと日々思っていました。娘のベッドに家族の写真を貼って、離れていても寂しくないように、そしてみんなの顔を覚えてくれるようにしていました。

7ヶ月の時、ファミリーケアルームという家族が誰でも入れる個室で、長男と娘は初めて直接会うことができました。きっと病気がなく、産後無事退院していたら兄妹が一緒にいる姿なんて当たり前だったのでしょうが、この時は本当に嬉しくて嬉しくて…。ちょっと緊張しながら妹に手を伸ばす兄。最初は大勢の人に囲まれびっくりして泣いたけど、慣れてくるとニコニコと笑い始める妹。些細な表情も見逃すまいとビデオ片手に過ごしました。

8ヶ月の時に現在の家の近くの病院に転院することになりました。2番目の病院も明るく、医師や看護師さん、保育士さんがたくさん娘に話しかけたり、遊んでくれたりしました。こちらも長男は病室入れず窓越しの面会でしたが、大きくなっていく妹を優しく見守ってくれているようでした。保育士さんとは娘の発達にあったオモチャを手作りで制作させてもらえました。

 

娘はどんどん元気になり、1歳を過ぎた時に退院することが決まりました。退院前の2週間、私は娘の病室で寝泊りをし、娘の一日を通した体調の変化を見て必要なケアを確認し、家に帰ってから必要な物品を揃え、医療器具とともに娘を移動する練習もしました。病院での寝泊りは正直きつかったです。いつでも他人が同じ病室内にいて、物音のする環境では完全にリラックスできないですし、付き添い者用のぺらぺらのベッドで体は痛み、外に出られないストレスもありました。そこでキャンプ用のマットで寝心地を良くし、ポータブルDVDプレーヤーで気分をリフレッシュ。この二つは付き添い中大活躍でした。

そして準備が整い、無事退院。ようやく家族そろって過ごせることになりました。病室で1歳の誕生日を盛大に祝ってくれて、退院で離れることを寂しがってくれた病院のスタッフさんには大変感謝しています。

 

入院して辛かったことを思い返すと多々ありますが、一番気持ちの面で辛かったのは娘のそばにいられないことでした。一人目の育児の時は夜泣きに苦しみましたが、たとえ泣いていても離れていてあやすことができない娘の存在は本当に遠く感じ、「普通に育児させてよ…」と何度も思いました。主人ともゆっくり会える時間はなく、家族がバラバラである異常な状況を切なく思っていました。

そんな中、入院して良かったと思えることもあるんです。ひとつめは産後私の体の回復が早かったこと。夜しっかり眠れましたし、実家にお世話になっていたので私の母が家事全般をしてくれたので負担が少なく済みました。

ふたつ目は長男と一緒の時間を長くとれたこと。きっと娘がすぐ家に帰ってきていたら、甘えたい盛りの2歳の息子は落ち着いて過ごせていなかったと思います。祖父母や親戚にもたくさん遊んでもらえて、自然あふれる環境でのびのびと過ごす事ができました。今でも長男は私の故郷が大好きです。

そして最後のポイントは、医師、看護師、保育士と密なコミュニケーションをとれたことです。それまでは接する機会の少ない職業の方達でしたが、病院では私や娘に気さくに話しかけてくれて、たくさん会話することができました。何かを説明する際も専門用語をなるべく使わずにわかりやすく伝えてくれたので、こちらも娘の体を正確に知ることができました。小さな疑問・不安もその場で話して解消することができたのは本当に恵まれた環境でした。保育士さんには乳幼児との遊び方を教えてもらったので、今でもその知識を活かすことができています。

娘がもたらしてくれた貴重な出会いに感謝しています。

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著者:ぽん
年齢:31
子どもの年齢:長男4歳、長女2歳

パパ、4歳の長男、2歳の長女と私の4人家族です。障がいを持って生まれてきた長女と初めてだらけの育児の中、明るく楽しく!をモットーに過ごしています。恥ずかしがりやな長男と、陽気な長女に癒されている毎日です。我が家の経験がどなたかの力になれたら嬉しいです。

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