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1200グラムの我が子を守りたい!切迫早産で絶対安静の入院生活。母親としての覚悟を決めました

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長女を妊娠中、妊娠28週で切迫早産と診断されました。
妊婦健診の日は12月下旬、これから年末年始に楽しいことがたくさん待っている、そんな時期に切迫早産の宣告は突然にやってきました。

主人と一緒に健診に行き、内診してもらった際に、
「子宮けい管が短いです。1.2センチしかない。すぐ破水して赤ちゃんが生まれてもおかしくない状態です。絶対安静のため、すぐに入院してください」と医師から告げられたのです。
「え…!?入院?子宮けい管って、何だっけ?」というくらいに、私自身全く症状の自覚がなく、子宮けい管についても無知でした。
子宮けい管は最低3センチなければならず、入院しなければならないくらい赤ちゃんが深刻な状況であるということに、とてもショックを受けました。

一度自宅に荷物を取りに帰り、すぐに病院に戻って入院となりました。
切迫早産の入院は決して珍しくないですが、絶対安静で、動けるのはトイレとシャワーのみです。
ひたすらベッドでゴロゴロして、お腹の赤ちゃんが大きく育つのを待つしかないのです。

1人でベッドに横になって考えるのは、「どうして子宮けい管が短くなったのだろう、何が悪かったのだろう。赤ちゃんどうなるの…」ということばかりです。
当時お腹にいた長女は妊娠28週、やっと8カ月目に入ったばかりで、推定体重は1200グラムでした。
今の医療は発達しているので、たとえ1200グラムで生まれても命は助かるだろうけど、目や肺に障害が残る可能性がある、と自分なりに調べて分かりました。

自分の生活が悪かったのか、階段の上り下りが悪かったのか、何が原因なのか、考えても分かりません。
通常の生活をしていたつもりですが、それでも後悔の思いばかり湧いて、お腹の赤ちゃんに申し訳なくて、泣いてばかりでした。

入院中のある日、昼間に主人がお見舞いに来てくれました。
その時は普通に話して主人は帰りましたが、夜になって1人になると、不安な気持ちで押しつぶされそうで涙が止まらなくなりました。
泣きながら主人に電話すると、すぐに主人が病院に来てくれて、泣いている私をひたすら抱きしめてくれました。
「2人の子どもなのに、1人で辛い思いをさせてごめんね。頑張ってくれてありがとう」と言ってくれました。
そして、「赤ちゃんは絶対に大丈夫。大丈夫だから、頑張っていこう」とも言ってくれました。
主人のその言葉で、辛く不安な涙が、温かい涙になりました。

不安と後悔で押しつぶされそうな気持ちを、1人で抱えることほど辛いことはありません。
そんな時に主人が優しく受け止めてくれて、そして励ましてくれたことが何より救いでした。
入院して1週間ほどは泣きながら過ごす日々でしたが、それ以降は母親として覚悟を決めて、ある意味ふっ切って過ごしました。
泣くのをやめて、お腹の赤ちゃんと頑張っていこうと決めたのです。

結局病院での入院生活は2カ月を超え、臨月になり無事退院しました。
そして妊娠38週の時に、2776グラムで長女を無事出産しました。

毎日お腹をなでながら「36週になってから生まれるんだよ」と話しかけていた通り、臨月になってから生まれたのです。
長女はお腹の中にいる時から親孝行でした。

その後も長女は健康に成長して、「あの時の不安は何だったのだろう」と思うくらいです。
大変な妊娠生活でしたが、夫婦の絆を強くしてくれた長女に感謝の思いでいっぱいです。

著者:giraffe
年齢:30代
子どもの年齢:5歳・1歳

2人の女の子のママです。大人しい長女に比べて、活発な次女、同じ親から生まれても姉妹でこうも個性が違うものだと楽しみながら育児しています。最近の趣味は、安くて美味しくて、子連れでもオッケーな地元の店探しです。

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