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4,274gの巨大ベビーに子宮壁が裂けた!壮絶な妊娠出産を経て、今やっと「可愛い」

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私たちがまさかセックスレスになるなんて思ってもいませんでした。

新婚当時はラブラブだったし、転職してすぐ結婚した私は寿退社などできず、その時は

「子供なんていつでもできる」と思っていました。

 

結婚6年目、32歳になりセックスレスのため人工受精を希望し不妊治療を開始。

そこでまさかの乏精子症が発覚、顕微受精を始めることになりました。

毎日の自己注射に腹部も臀部も腫れ上がり、大量の内服薬に嫌気がさしながら6回の顕微受精

最新の病院へ転院して、奇跡的に1回で授かりました。

何度も流産を繰り返したため、今回も6ヶ月くらいまで期待はしないでおこう、ベビー用品は買わないでおこうと言い聞かせ、毎日不安にかられ楽しくない長い妊娠生活でした。

 

臨月を迎えたころ、やっと実感がわき、

「本当に産まれてくるのか?赤ちゃんは元気なのか?」

と産まれてからのことを心配したほどで、お産に対してあまり深く考えていませんでした。

 

お産する病院ではリフレクソロジーを推奨し、『楽しく産みましょう』とイメージトレーニングをしましたが、実際はとんでもなく大変でした。

1月1日除夜の鐘を聞いて眠ったころ、パンと水風船が割れるような感覚で目覚めました。

すぐに破水だとわかり入院。

なかなか子宮口が開いてこず、翌日の夕食時頃にやっと4センチ開き、吐き気が強くなったのでLDRへ移動。

これが陣痛なら耐えられると思っていたのは前駆陣痛だったらしく、そこから促進剤を4段階行うも、産まれる気配なく30時間が経過。

母体も胎児も体力の限界に達したため、一発勝負で吸引分娩と言われ、あっというまに医師2人助産師4人に囲まれ、意識もうろうとしたまま始まりました。

そこからは一回いきんだだけで、あとは人任せで産まれたように思いました。

 

産まれてみんながびっくり。

4,274gと巨大で、私は出血が止まらずほとんど意識はありません。

しばらくして縫い始めた瞬間、激痛でパチッっと気がつきました。

子宮壁が裂け、麻酔なしで押し広げられた中を縫われること2時間。

声も出ず汗だくになり震えていました。

出血量は2リットルを超え、自分で動くことはできないまま部屋へ移されました。

 

母子同室でしたが動けないため授乳だけベビーと対面。

かわいいと思う余裕もありませんでした。

「貧血が改善しないため、このままでは命の危険があるので輸血をします。30分以内に家族を呼んでください」

と言われ、輸血開始。

 

その後なんとか回復し、5日目に退院するも、腹部の激痛が続き3日目に耐えきれず再入院。

尿閉と子宮内血腫が判明し治療開始。

3日目に痛みが収まり退院の許可がでるも、帰って育児ができるのか不安でたまりませんでした。

痛くてトイレは恐怖だし、授乳に座るのも痛み止めを飲みながら這うように歩き、眠れない毎日に体力は奪われ、望んでいた赤ちゃんなのに、

「こんなに大変だなんて誰も教えてくれなかった」

と悲しくなりました。

 

そんな生活も2ヶ月を過ぎたころ、初めて赤ちゃんが私に笑いました。

この笑顔に本当に救われて、この時初めて可愛いと感じました。

 

芸能人のブログなんて嘘ばっかり。そんなに楽しいわけがないって思います。

やっとすこしの余裕ができ、赤ちゃんとの生活に慣れてきました。

これから外出できるようになれば楽しくなるのか…。

 

妊娠するまで、妊婦生活、お産後、ずっと心配事が続いて、これからもまだまだ成長する事に心配事は増えて行くのだろうと思いますが、やっぱりわが子は可愛い。

自分の子どもがこんなに可愛いなんて想像以上でした。やっとそんな風に思えるようになりました。

 

著者:キリコ

34歳。小児精神科で発達障害のクリニックで勤務。妊娠8ヶ月退職。現在子育て主婦。

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