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赤ちゃんの顔色がどす黒い!無事に出産、家族でほっとしたのもつかの間…

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出産予定日オーバーで陣痛促進剤を使い出産。

出産は長時間にわたったものの、生まれた赤ちゃんは3,000g近くあり元気な女の子。

カンガルーケアも終え母子同室の個室にうつされ、夫とお見舞いに来てくれた義両親と赤ちゃんを囲んでいました。

 

一通り気が済んでみんな一様に腰をおろし、ベビーベッドの横に腰掛けた夫が改めて赤ちゃんの様子をのぞいて一言「顔が黒い!」

さっきまで真っ赤だった顔が、どす黒く変色していました。

急いでナースコール。焦りすぎて状態が上手く説明できずパニック。

何とか「顔が黒いんです!」と伝えると、すぐに駆けつけた看護師さんが赤ちゃんの背中を叩き、ほどなく顔色が戻りました。

聞くと、どうやら一時的に呼吸が止まっていたよう・・・。

背中を叩いた衝撃で呼吸を再開したとのことでした。

 

その後、様子見のため赤ちゃんは保育器に入れられ、新生児室預かりになりました。

保育器に入って完全にガラス越しになってしまった我が子を見ると、辛すぎて涙が止まりませんでした。

 

翌日お医者さんからお話があると呼ばれました。

その日の朝方にもまた一時無呼吸になったとのことで、念のためNICUに入れましょう、と。

そして赤ちゃんはNICUへと運ばれて行きました。

 

NICUにうつると、保育器ははずされ透明なプラスチックのベビーベッドのような所に寝かされました。

個人的に、これはすごく嬉しかった。

とにかくガラスケースに入った赤ちゃんを見るのが可哀想で辛かったので、上部に遮るものの無いベッドで、赤ちゃんと正面から向き合って触れられる状態になったことが嬉しく、沈みきっていた気持ちが大分浮上しました。

 

X線含む色々な検査をした結果、無呼吸の原因は血が濃すぎることで血流が悪くなっている(多血)だと言われ、赤ちゃんには血を薄めるためブドウ糖の点滴がつけられました。

病気でなかったこと、特別な薬品を使うわけでもなかったことで、保育器から出た嬉しさを含め随分と安心できました。

 

父親も面会できるとのことで、夫も毎日仕事帰りに私の病室に寄っては、一緒にNICUに通いました。

NICU内では酸素量や呼吸、心音などを確認する機械のコードがたくさん赤ちゃんにつけられていましたが、大人の心電図の時と同じで、つけていても全く痛いものでは無いと看護師さんが教えてくれました。

心音が弱まったり血中酸素量が一定レベルを割るとピーピーと警報がなる装置で、NICUではいつ行ってもどこかしらのベッドからピーピーと警報が聞こえていました。

警報音は聞いているだけで不安になるもので、絶えずその音にさらされているNICU内の赤ちゃんも神経過敏になりがちだとのことでした。

 

母乳育児推進の病院だったため、授乳時間には毎時間母乳を搾乳して持って行きました。

NICUがある棟は自分の病室がある棟と違ったため、十分以上かけて搾乳(微量)して病室からNICUに向かい、厳重な警備を通って入念な手洗い消毒をして入室、慣れない授乳に奮闘、足りない分はミルクをもらってまた授乳…を繰り返すと、自分の病室に戻ってから休めるのは30分あるかないかでした。

その時間に食事や睡眠を取らねばならず、昼食が運ばれて来てもまだ朝食が手つかずだったりで、必然的に入浴はほとんどできませんでした。

 

同時に退院もできず、自分は経過も順調で5日目に退院。

退院後は朝と夕方に冷凍搾乳を持って赤ちゃんのもとへ通いました。

入院中より休める時間は増えたものの、赤ちゃんの側にずっと居られないのは心配で寂しくてたまりませんでした。

 

ただ、NICUには「自宅にいる以上に安全な場所で24時間見てもらえている」と言う一種の安心感はありました。

自宅に戻ってからまた無呼吸が出たらと思うと、退院を怖く思う気持ちも強かったです。

 

結局赤ちゃんは点滴と時間経過により順調に血流が改善したようで、出産から7日目に退院しました。

自宅に戻ってからも無呼吸やSIDSを心配したりと、1歳を過ぎるまでは寝ている赤ちゃんの呼吸を度々確認しないと不安でした。

退院直後は呼吸の有無で警報がなるベビーベッドのレンタルまで考えていたくらい。

 

今となってはは年齢の割に大きく、元気で活発すぎるほどの我が子。

もうすぐ3歳になります。

著者:いずるる

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