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不妊治療について。

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私は若い頃から生理不順でした。殆ど生理がなく3ヶ月や半年はざらでした。

原因は仕事の大変さとストレスで、いつも薬を飲んで起こすという方法で生理を起こさせていました。

ですので、そういう経緯もあり、子供を授かる事は難しいかもと言う気持ちは薄々ありました。

そして結婚も33歳でしましたので、このままでいくと高齢出産にもなりますので、赤ちゃんに対する不安はとてもありました。

 

主人と同棲してた頃から病院には通っていました。

タイミングなど数回してもそれでもなかなか授からず、人工受精でもだめでした。

人工受精も5回ほどしましたが、結果は出ませんでした。

そのうち主人とのタイミングを取る事が苦痛となり、排卵日で大事な時に限って主人がだめになるのです。

私はこの日の為に痛い注射に毎回してがんばってるのに、なぜだめなのか?

私も主人もタイミングをとることが嫌になっていました。

 

その後、本格的に治療に取り組みましたが、やはり人工受精からのステップアップはとても迷いました。なぜなら金額がかなり高額になるからです。

大枚はたいても授かるかどうかなんてわかりません。本当に人生の賭けでした。

その頃今まで通っていた不妊治クリニックから「お手上げ状態」と言われてからその不妊治療の病院にかなり不信感を抱き、転院する事に。

そこの医院長に経緯を説明すると、「必ず妊娠しますよ」と心強いお言葉をいただき、この病院に賭けてみる事にしました。

その時に主人の母が大病を患い(大腸癌と、卵巣癌でした)それがきっかけで元気なうちに孫の顔を見せたいという気持ちが高まり、体外受精へステップアップしました。

その時のことは今でも覚えていて、義母から告知された時は号泣しました。

でも、この事がなかったらもっと遅くにしてたかもしれませんし、この事があったから背中を押されて、私としては良かった事だと思うようにしています。

 

因みに私はPCOSと言う無排卵の病気でしたので、アンダコニスト法という方法でトライしました。このアンダコニストはとても卵巣に負担をかけますが、沢山採卵できます。

卵胞を同じ大きさにする為の注射を毎日するのは本当に大変でした。2週間ほど病院に毎日通いました。自然方法よりも卵が採れるためこの方法にしました。やはり沢山卵を採取して凍結する事が一番の早道なので頑張りました。

後は一番怖かったのはスプレキュアという薬を鼻にプッシュして次の日に採卵ですが、これを忘れてしまうと全て泡となります。

しかも時間も1分足りとも間違わずにしないといけないのでとてもプレッシャーでした。

 

そして翌日全身麻酔を使った採卵。寝てる間に終わりました。

翌日には何個採れたか、など電話がかかってきます。

私は全て空砲だったらどうしようと言う不安でいっぱいでした。

費用は注射など込みで30万円ほど、後は国からの補助金15万円をいただきました。

そして採卵結果はなんと32個採れてそのうちの8個胚盤胞になり、胚盤胞のランクは5AAが一つ4AA3つ、4BA、4AB、4BB、4BC、でした。良い成績から移植するのですが、私の場合、沢山採れすぎた為にOHSSという症状になります。卵巣が腫れるのです。

それが治ってから移植。2ヶ月後の事でした。

そしてなんと1度目の体外受精で妊娠する事ができ、大泣きした事を今でも覚えています。

 

初期には切迫流産になり、殆ど動けない状態、安定期に入ってホッとする間もなく、妊娠糖尿病と切迫早産になり、緊急入院。2ヶ月も入院する羽目に。

入院中は24時間点滴と血糖値測定で大変でした。そしてなんとか辛い陣痛を経験して出産する事が出来ました。

 

出産してからも、他の方は生理が来て二回目から移植にトライできるのに、私は中々生理がこなく、先生に「生理がこないが、いつから移植できるか」を聞きに軽い気持ちで再度受診したところ、なんと「今すぐにでも体調次第でトライできますよ」との回答が。

私の場合、生理は自然とはこないそうなのです。なので生理がなくても移植できましたし、断乳も本当はしないといけなかったのですが、それもしなくても大丈夫でした。

そして相談してから2週間ほどで二人目の移植。

残念ながらこの時は着床には至らずでした。残り胚盤胞は6つもあるのにとても焦った記憶があります。そして3度目のトライで見事陽性判定をいただきました。

一人目の時は妊娠検査薬をしなかったので、この時は陽性判定のラインが見たくて毎日使っていました。

二人目も妊娠糖尿病と切迫早産で入院と言われたのですが、どうしてもこのお世話になったクリニックで産みたいと言う願いがあり、後は長女もいるので長期の入院ができないという事もあり、なんとか頼み込んで自分で血糖値の管理をする事で入院を免れました。(一人目は大学病院で入院し、そこで出産でした)

 

インスリン注射をしてしまうと大学病院に入院になる為、毎回朝昼晩、食前と食後2時間の血糖値を測定する。それを大学病院の糖尿科に提出。

栄養を摂らなさすぎてもだめだし、摂りすぎてもだめ、切迫早産にもなっていましたから妊娠糖尿病だと運動するのが効果的だったのに、運動もだめだという矛盾の中での妊娠生活。

本当に血糖値を管理する事が一番苦労しました。

そのおかげか、妊娠中はとくに体重の増加の注意もなかったのは幸いでした。

二人目は本当に早く陣痛から出産まで2時間というスピード出産でした。こうして二人目も出産を終える事ができました。

出産した後は一週間ほど入院しますが、個人病院はエステやご飯も豪華で大学病院と全然違いました。

今まで散々我慢してきたので病院食の美味しさったらありませんでした。入院中は残さず食べました。

そしてなんと医院長がお見えになって下さり、念願だった、医院長に赤ちゃんを抱っこしてもらう事ができた事が本当に嬉しかったです。

医院長から「早めの治療をがんばったから良かったのですよ。おめでとう」と声をかけてもらえた事も本当に嬉しかったです。

 

出産までも、切迫早産や、妊娠糖尿病になり入院もしましたが、そもそも自分自身が生理がない体だったので病院に通うのが苦痛でなかった事、その事があったから早めの治療ができた事が大きな結果に繋がったと思います。

なるべく早めに自分の体の事を知り、そしてなるべく早めに病院に行く事。

これが一番だったと思いました。

色々大変な思いもてきましたが、大学病院での先生もとても相談にのってくださったり、この不妊治療の医院長もとても心強いお言葉をもらったり、先生方にもとても恵まれたからこそ、辛い治療にも耐えれたのだと思います。

一人目の時は毎日主人もお見舞いに来てくれた事も心強かったです。

これも全て今となっては良き体験だと振り返れますが、当時の私は本当に不安な不安な毎日を送っていました。

でも、この経験通して今不妊治療をがんばってる方や、これから不妊治療をしていこうとしている方の励みになれればなと思います。

妊娠はそこがゴールでなくスタートダッシュ、出産してから初めてスタートだと思っています。

 

二人育児は正直大変な事の方が多いし、毎日怒鳴っては怒ってたりしていますが、でも、不妊治療をがんばってして授かった大切な我が子たち。

心が折れそうな時はこの頃の事を思い出して頑張っています。

著者:あもえな

34歳で結婚し、すぐに体外受精へステップアップ、そして今は二人の女の子のお母さんです。毎日大変です。

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