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緑と黒が混じったような破水。まさかの羊水混濁で、出産直後に泣き声をあげなかった息子

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長男出産の時、予定日を一週間過ぎても陣痛が起こらず、 とうとう予定日を9日過ぎた時点で先生が子宮口を刺激して陣痛を促すようにしました。

すると次の日の明け方近くから少しですが陣痛がついてきたのです。

破水をしているから感染症になる恐れがある」

「24時間以内には産まないといけない」

とも言われ、あまりにも陣痛が微弱でなかなか強くなってこないので陣痛促進剤を使う事になりました。

 

何時間おきかに薬を飲むと少しづつ陣痛が強くなってきているようでしたが、陣痛をはかりに看護師さんが来ると、

「まだまだ!これでは明日の朝まで生まれそうにない」

というようなことを言われました。

私も前の日は明け方からの陣痛で数時間しか寝ていなかったし、

「体力が落ちると陣痛をもついてこないから別室で休みましょう」

と言われ、陣痛室から移りました。

 

破水していたので大きなナプキンをおむつのようにつけていて、それを数時間ごとに変えて汚れを看護師さんに見せるように言われていたので、何回かトイレにはいきましたが、やっと静かなところで横になれたのでうとうとと眠ってしまいました。

完全に熟睡はできないものの、かなり疲れていたのでうとうとして、陣痛が来るたびに目が覚め、でも寝ぼけていて…何分おきに陣痛が来ているのかも全然知りませんでした。

 

最後にズンズンズンと夢の中で音がして、痛みで目が覚めると「トイレにいってナプキンを変えなければ」と思い起き上がりました。

真夜中で分娩室もひと段落したようで静かで誰もいなかったので、よろよろと起き上がり痛いのをこらえて手すりにつかまりながらトイレへ向かいました。

途中、陣痛が襲ってきて、立ち止まって呼吸をして陣痛をのがしました。そんな中、吐き気を模様してトイレの洗面所でもどしてしまいました。吐くときにおなかに力が入るので一気に下からも破水したのを感じ、トイレに行ってナプキンを見ると、破水した水が透明ではなく緑と黒が混じったような感じでした。

 

その時、心情的にはかなり驚きと動揺がありましたが「まずは進まないと!」と思い、痛みと気持ち悪いのをこらえて必死にナースセンターへ行きました。

看護師さんに見せると明らかに顔色が変わりました。「たいへん!すぐに分娩台へ!」と言われ、気が動転してしまいました。

静まり返っていた分娩室に先生や看護師さんたちが沢山やってきて、先生に「赤ちゃんが危ないから早く生みましょう」と言われ、そこからは必死でした。

 

陣痛が来て、

「生みたくて仕方がない」

「我慢できない」

と、聞きますが、私の場合は違っていて「とにかく生まなきゃ」と何回もいきみました。

もう最後は腹式呼吸と腹筋をつかって押し出したという感じです。もっとゆっくりと呼吸法をつかって産めば母子ともに楽だったのですが、その時の私はわからなかったので力で押し出したという感じでした。


生み終えた私は「やっとでた~~~~!」と放心状態でしたが、分娩室は異様な雰囲気で、小児病棟や未熟児病棟の先生も駆けつけ、すごいことになっていました。

赤ちゃんはすぐには泣きませんでした。看護師さんに「赤ちゃんは羊水を吸っちゃっているので肺を洗浄しますね」と言われました。

しばらくすると赤ちゃんの泣き声がきこえました。しかし声も小さく、肺を洗浄され苦しくて泣いているような声でした。

 

一瞬私に抱かせてくれましたが、

赤ちゃんも苦しいから小児病棟に連れて行って様子を見ます」

と言われました。羊水混濁がなんなのかもわからなかった私ですが、先生の慌てぶりに、普通ではないコトは感じました。

ただ母親の勘ともいうのでしょうか『きっと大丈夫』と感じたことを覚えています。

 

しかし、その晩は赤ちゃんが離れてどうなっているのかわからなかったという思いから眠れず一人病室で泣きました。

次の日は出産時にあまりにいきんだので全身筋肉痛で歩けず、車いすに乗せられ主人と未熟児病棟へ息子に面会に行きました。

すると保育器の中の息子は管だらけでした。

人工呼吸器をつけられ小さな腕に点滴の針が入れられ、鼻からはチューブが入り、肺にたまった羊水を出す処置をされていたのです。

小児科の先生からは出産時にかなりストレスがかかったので脳の障害が残るかもしれませんと言われました。その時にはじめて現状がわかり愕然としました。

 

後から主人に聞いた話ですが、帰ってから主人もひとり涙したそうです。

私と同じく「親」になるという体験の中で感じていた心情が噴出したのだと思います。

 

幸い回復が早く人工呼吸器は3日ではずれ、日に日に元気になっていると先生から報告はありましたが、会えるのは面会時間にガラス越しでした。

母子同室の病院だったので、同室のママたちはお子さん一緒に過ごしているのを横目に過ごした退院までの数日は、私にとっては寂しくつらかったです。

 

息子は2週間入院していたので、私は産後にもかかわらず自宅で母乳を絞っては冷凍パックにして毎日届けに行きました。

面会時間中ずっと立ちっぱなしでガラス越しに息子を見ていて貧血で倒れてしまったこともありました。周りの家族や主人も心配して私のサポートをしてくれたので、家族の支えの大切さを身に染みて感じるとても良い機会になりました。

 

その後息子は無事退院して、おかげさまで健やかに育ちました。

羊水混濁で生まれてくるお子さんも多いことを後から知りましたが、我が子のよう肺にまで吸い込んでしまと大変で、もし小児科が併設されてない病院だったら救急車で搬送されることになっていたので、つくづく母子保健院でよかったと思っています。

著者:ポコット

年齢:37歳
子どもの年齢:2歳

出産育児と大変なこともいっぱいありまいたが今振り返ってみるとみんな良い経験です。今妊娠・出産と頑張っているママさんたちのお役にたてれば良いなと昔を思い出し書いてみました 

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