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妊娠期間のほとんが絶対安静。トイレまで看護師さんのお世話になる生活でネガティブに…

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念願の妊娠判明から3,4日で少量の出血があり、病院を受診したところ切迫流産と診断されました。

妊娠がわかった直後から生理痛に似た軽い下腹部の痛みがあったので、もしかするとそのことも何か関係があったのかもしれません。

ここから妊娠期間のほとんどを安静状態で過ごすこととなりました。

 

しばらくは安静と安静解除を何度か繰り返しながら、自宅で過ごしていました。

しかし途中で、妊娠がわかる前から予定していた引っ越しがあり、少し無理をしてしまって再度出血してしまったのです。

診察を受けましたが、その時は安静にとは言われず、その後1ヶ月ほど普通の生活をしていました。

 

特に自覚症状もなく、このまま出産まで過ごせるかと思っていた矢先、子宮口が少し開いているということで安静に逆戻りとなりました。

この時が妊娠16週。さらに、22週にさしかかった頃の妊婦検診で子宮頸管が短くなっているということで、家に帰ることなく入院となってしまいました。

 

おなかが張りやすかったため、妊娠期間のほとんどの期間に張り止めの薬を使用していました。

最初は弱めの内服薬、次に強めの内服薬、入院後すぐに点滴と変わっていったのですが、薬を使用していると副作用が出てしまうのが一つの悩みでした。

私が経験した副作用としては、動悸、手のふるえ、体のほてりなどです。

入院中は毎日ある診察の結果で薬の量が増減するのですが、ほんの少しの変化で一喜一憂していました。

 

入院生活で一番精神的なダメージを受けたのは、部屋にポータブルトイレを設置し、そこで用を足さないとならなくなったことでした。

入院途中でトイレがとても近くなった時期があり、病室の外にあるお手洗いに行く度におなかがカチカチに張ってしまう状態だったために、安全策として設置することになりました。

ポータブルトイレはふた付きのおまるのような構造になっていて、使用後には洗ってきれいにしておく必要がありました。

もちろん自分では処理することができないので、看護師さんに処理してもらいます。

必要なことだとは頭で理解していてもどうしても気持ちが追い付かず、他人にトイレの世話をしてもらっているということが、私をとてもネガティブにさせました。

 

食事、洗面、トイレ、診察以外にはほぼ起き上がることのない生活なので、どうしてもマイナス思考になっていまいます。

何とか気分転換をしたいと思って本を読んだり、編み物をしてみたり、パズル雑誌を解いてみたりしていました。

 

そんな中で心の支えにしていたのは、週に1回ほど見られるエコーでの赤ちゃんの姿でした。

我が家の息子はなぜかいつもうまく顔を隠していて、妊娠期間中にはほとんど顔を見ることができませんでした。

でもそれが「次はどんな風に隠れているのかな」と楽しみになっていました。

 

長い切迫流早産を私が乗り切れたのは、赤ちゃんも「頑張って踏ん張ってくれている」という気持ちと、小さい目標の積み重ねだったと思います。

私を担当してくださっていた先生が診察のたびに「この週まで頑張れば生まれても大丈夫!」と近い週数で目標を立ててくれたことがとても大きかったと感じています。

また、週数が増えていくことも少しずつ安心感につながっていきました。

 

22週で「切迫流産」から「切迫早産」に変わるので、22週を迎えたときにとても嬉しかったのを覚えています。

「今生まれたとしても生きられる可能性がある」というのは、ひとつのとても大きな希望となっていました。

結局、入院生活のまま36週まで過ごし、正産期目前で3,000g弱の元気な男の子を出産しました。


妊娠期間のほとんどを安静にしなければならないという状況で、精神的につらい時期が長かったですが、元気な産声を聞いた瞬間にそんな思いは吹き飛んでいました。

生まれてきた息子は寝るのが苦手なのか、なかなか睡眠時間が取れない時期もありました。

そんな時には安静生活が恋しくなったこともあったのですが、できればもう二度と安静生活はしたくないものです。

あまり良い思い出ではない妊娠生活でしたが、今となっては毎日元気に走り回る息子に振り回される楽しい毎日です。

著者:MGマグ
年齢:28歳
子どもの年齢:1歳11ヶ月

甘えん坊な息子に振り回されながらも、楽しくのんびり生活しています。

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