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「お兄ちゃんになりたい人!」泣きじゃくりながら手を上げる姿に涙…1歳での辛い断乳

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不妊治療に数年、結婚10年目でやっと授かった息子。

息子と2歳違いの、お腹の中で天国に旅立ったお兄ちゃんに『弟妹を作るから、見ていてね』と約束したこと、そして体外受精用の受精卵を病院に預けていることもあり、息子の1歳の誕生日を期に第3子を意識するようになりました。

 

1歳当時、息子は3回プラスおやつ1回の離乳食にしていたものの、食後・眠い時は必ず母乳を求めて来ていました。

私の胸もパンパンに張り、食べても食べてもやせていく「母乳ダイエット」とはまさしくこのことと思う程。妊娠前より4キロ減で、需要と供給のバランスが取れていました。

 

初めの1か月は、私の両親に息子を預けて職場復帰した時期とも重なり、昼の授乳中止からの挑戦でした。

起床後、日中に息子が泣いて両親を困らせないようにとたっぷり母乳をあげて出勤し、夕方帰宅後にお留守番を頑張ったご褒美として授乳。

勤務中、胸が張って痛みもあったので、ゴクゴク音を立てて飲んでくれる息子の存在は大きく、助かりました。

 

お風呂に入れている間も、のどが渇くようで母乳をせがむ息子に、お風呂で遊ぶおもちゃを増やし、胸を腕で隠しながら入浴。

寝る前・夜泣きには、息子が納得いくまで飲ませていました。

 

このように、寝かしつけ母乳に依存していたため、夜間断乳は友達や義妹などに聞いていた以上に、母子共に過酷でした。

日中の断乳は、公園や散歩などベビーカーで外出の時間を多くすることで、気を紛らわせたり、少しずつ牛乳や100%野菜果物混合ジュースを飲ませたりして、昼の断乳後1か月弱でクリアできました。

夕飯の量を少し増やし、寝る前に牛乳を飲ませたのですが、「胸がなくなっちゃった」と言ってもパジャマをめくって必死に胸を探す息子。

久々に使う哺乳瓶にフォローアップミルクを入れて飲ませようとすると、「赤ちゃんじゃない!!」と言いたげな表情で、哺乳瓶を投げて激怒する始末。

「あい~ん、あい~ん」とあまりに大声で泣き叫ぶので、別室で寝ている主人から

「すぐに0(全く母乳をあげない)はかわいそう。言えばちゃんとわかる子だから、(断乳は)もう少し大きくなったらにして、長い目で見てやったら?」

と言われ、子供に意地悪をしているような罪悪感を感じ始めてしまいました。

 

暑くなってきたこともあり、脱水症状防止でもう少し時期を遅らせて再挑戦しようかと思っていたら、息子が発熱。家族全員で風邪を引いてしまいました。

息子は、喉が腫れてしまい食欲が落ちていたため、止むなく母乳飲み放題生活に逆戻り。

私も風邪でだるい中、母乳の便利さを再確認。断乳に踏み切るきっかけがつかめずにいました。

 

そんな中、長年寝たきりだった祖母が他界しました。

初孫として生まれ、時に親のように厳しくも可愛がってもらった私。

祖母がよく歌ってくれた子守唄「ねんねん坊やの見る夢は ジェット機・ミニカー・三輪車…」を息子に歌い聞かせながら、命を繋ぐ重みを再認識し、息子と共に断乳に挑む決意が固まりました。

 

今度は「(息子は)ちゃんと言えばわかる子だから」という主人の意向を取り入れてみることにしました。

「お兄ちゃんになりたい人!」と何度も息子に問いかけ、

赤ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんならチュッチュ(母乳)いらないよね?」と言って日中の断乳を数日で中止。

 

最大の難関である夜間は、大声で泣く息子に暗闇の寝室で「お兄ちゃんになりたい人!」と問いかけ、泣きじゃくりながらも手を上げて意思表示する息子に

「だったら、チュッチュ(母乳)なくても頑張れるよね」と何十回も話し聞かせました。

時に1時間半以上も泣き続け、まるで息子に虐待をしているような思いに駆られ、心が折れそうになりました。

抱っこや子守唄であやしても泣き続け、体をさすったり肩をリズムよくたたいてもむしろ逆効果。顔や首をキックされたり、腕をくっきりアザができるほど噛まれたりすることもしばしば。

 

母子共に寝不足の日々が続いて、心身共にくたくたになって1週間。

息子はもう母乳を貰えないと気持ちが吹っ切れたのか、息子の母乳への執着は全くなくなり、寝る前に泣くものの、自分で寝方を模索しているようで、急にぱたっと寝入るようになりました。

 

あまりにも突然のことで、私の体も適応できず、日に数回、息子に見つからないようにお手洗いで搾乳をして、大量の母乳を捨てる日々が続きました。

息子の成長をこんなにも身近で感じられた嬉しさと共に、母乳を介してのスキンシップが急に激減したことへの悲しさもこみあげてきました。

 

記念すべき断乳の日は、息子の1歳3カ月の誕生日。

どうしても月の誕生日で思い出に残る日にしてあげたくて、泣きわめく息子の声を聞いて「もう母乳あげたら?」と言う主人の言葉を押し切って、決行しました。

息子の誕生から、翌日の仕事に差し障りがあるといけないからと主人と寝室を別にしていましたが、断乳の数日だけでも主人が息子と添い寝してくれればと思っていた私。

さりげなく「母乳が出ないパパと一緒にいると、(息子の)あきらめがつくんじゃないかな」と主人に言ってみたものの、協力は得られず、他人事のように「(息子が)かわいそう」の一点張り。

寝不足だったこと、胸の張り緩和のために、搾乳を控えていて痛みがあったことも重なり、私のイライラが募り、断乳1週間後、ついに夫婦喧嘩になってしまいました。

 

「お兄ちゃんになりたい人!」と問いかけると、泣きながらも毎回手を大きく上げて意思を示し、小さな体で「自分で寝るからほっといて!!」と動作で伝えながら頑張る息子のけなげさと、それに手を差し伸べてあげられず、ただ見守るしかない私のやるせなさが、主人には伝わっていなかったようでした。

 

喧嘩の末、主人から、

「遠まわしに言われてもわからないから、これからはちゃんと話して欲しい」

と、今後の長い育児生活につながる前向きな意見を聞くことができました。

断乳完了の達成感と共に、今まで気を張って必死に耐えていた私の涙腺が緩みました。

 

私にとって断乳は、心を鬼にして子供と向き合わなければならない壮絶なものでした。

ただ、成し遂げた後は、夜泣きすることなく、連続した理想的な睡眠時間が保てており、食べることの楽しさを見出し始め、食事量が劇的に増えたので、良いことづくしで、母子共に成長できた貴重な経験でした。

主人に遠慮することなく、断乳に協力してもらって、家族3人で達成の充実感と喜びを味わえたらもっと良かったと思います。

 

「お兄ちゃんになりたい人!」と問いかけた時の泣きじゃくってしわくちゃの顔と、素早く右手を上げて精一杯意思表示した息子の頑張りが目に焼き付いています。

今度は私が息子の願いをかなえてあげる番だと、不妊治療再開へ向けて体調を整えているところです。

著者:みら

長年通院していたので、妊活はベテランでも、出産育児はまだまだ新米。一人目の息子がお腹の中で旅立ってしまいましたが、泣かずに前を向いて弟妹を作ると約束したので、現在第2子の育児に奮闘中。さらに第3子妊娠へ向けて、再度、治療再開予定です。

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