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私だけ子育てを楽しめていない…。暗く沈んだ心に差した光、育児仲間と娘の成長

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細心の注意を払いながら体に気をつけて、毎回毎回の妊婦検診で喜びを感じながらも、日に日に大きくなっていくお腹とともに、不安も徐々に大きくなっていく中、

「産めさえすれば、幸せ」

だと心のどこかでずっとそう思っていた。

もちろん頭ではそんなに甘くないことはわかっていたつもりだったのだが、出産後、張りつめていた心にヒビが入り始め、ぷっちんと破裂してしまった。

 

おっぱいをあげても、オムツを換えても、抱っこしても、なかなか泣き止まない

どうしていいかわからず、涙が堰を切ったようにどっと溢れ出てきた。

夜、何べんも赤ちゃんの耳をつんざくような泣き声で叩き起こされるたびに、大きな溜息とともに、思わず頭を両手で抱え込んだ。

 

やがて、一睡もできなくなってしまった。思考は完全に停止してしまった。

体はひどく疲れ切っているはずなのに、心もぼろぼろなのに…。

でも、だからこそ目を瞑っても悶々として、なかなか眠ることができなかったのかもしれない。

 

闘病中だった父を看護していた母にはせめて心配はかけまいと、自分を押し殺し続け、近くに気の許せる友達もいなかった当時、ほんとうにつらかった。かなしかった。

どうしていいかわからずに、毎晩ひとり枕を濡らし続けた。

 

周りは子育てをうんと楽しんでいるのに、どうして自分だけこんなにも気持ちが塞いでいるのだろう。

がんばって児童館や公園に足を運んでみたところで、きらきら輝いているママたちばかりが目につき、私は自分の不甲斐なさがとことん嫌になり、弱い自分を責め続けた。

また、よその活発な子どもたちに比べて、歩くのも話すのも遅い娘に対する不安はますます増すばかりだった。

 

そんな私の陰鬱とした暗い心に一筋の光が差し込んだのは、子育ての講座に参加した際に、気の合う仲間ができたことだった。

今まで眩しく思えたママたちもみなそれぞれに悩みを抱えていて、子どものためにとにかく一生懸命なのだということをひどく痛感して、決して私だけが悩んでいるわけではないのだと、少しばかり気が楽になった。

 

それまではママ友なんて面倒だし煩わしいと倦厭していたけれど、助けあえる同志ががそばにいることはそれだけでとても心強い。

お互いに悩みを相談しあったり、愚痴を言い合ったり、一緒にお出かけしたり。

 

頼れる仲間たちのおかげで、何とか悲鳴を上げたくなるほどひどいイヤイヤ期を脱した娘は、今楽しく幼稚園に通っている。

初めての保育参観の日、大きな口を開けて真剣に歌って踊る娘の姿に、私は図らずも涙をこぼしてしまった。

これまで児童館の幼児活動では、他の子たちのように手遊びや絵本に興味を示すことなく、ただ茫然と座っていただけなのに、大好きな先生を食い入るように見て、元気に歌ったり踊ったりする様子にほっと胸を撫で下ろした。

「もう心配するのはよそう。娘は娘のペースでしっかり一歩ずつたくましく成長しているのだ」

と、真剣に頑張っている姿を間のあたりにして、心からそう思えることができた。

著者:どろんこナフー

笑顔あふれる家庭を築きたく、現在二児の母としてがんばっています。

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