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中央アジアでの初育児

第一子が生後5ヶ月の頃、主人の海外駐在に帯同して中央アジアへ赴きました。

飛行機を乗り継ぎ10時間、年間半年は雪と氷に閉ざされる街ですが、到着時は11月初旬、ぎりぎり初雪直前。

日本語は勿論、英語も通じず、でもなんとかなるでしょう、と楽観的な気持ちで生活をスタートしました。

 

最初の関門は子供のお風呂。

お湯が出ない。

待てど暮らせど出ない。

大人はまぁ我慢すればいいけど、子供は風邪ひいちゃうでしょう。

困って仕事中の主人に電話してみると、『ずーっとお水出してたらお湯になるかも』とのこと。

「かも?」

カモじゃ困るのよ、カモじゃ。

とりあえず水を出しっぱなしで、待ちくたびれて愚図り続ける娘を抱きながら、お湯が出始めるのを待つ毎日。

イライライライライラ…。

 

そして次に子供の離乳食。

お粥ができない。

現地のお米はポソポソとしており、日本のお米の要領でおかゆを作ると、お湯にふやけた米粒が浮かんでいるような状態になって見た目も味も最悪。

離乳食が始まったばかりの娘も一口も受け付けず。

大人は他のものを食べればいいけど、離乳食2週間目で渡航した娘はお粥以外何をどうしたらいいのかわからず。

お湯に浮かんだお米を誤魔化し誤魔化しお口に流し込むと、一粒残らずベー~ッと出してイヤーーっとばかりに絶叫する娘。

イライライライラ…。

 

さらに洗濯機が故障。

子供は毎日毎晩着替えて洗濯をするので、早速洋服が足りなくなり大焦り。

子供服がどこに売っているかもわからないので、とりあえず下着を手洗いして干して着せる。

手洗い洗濯中、相手をしてもらえずギャンギャン泣き叫ぶ娘。

イライライライラ

 

そんな生活を10日ほど続けるうちに、現地の言葉がわかる夫は、洗濯機修理を依頼し、お湯がコンスタントに出るようにボイラーの設置を手配し、日本からの出張者に日本米を持ってきて!とヘルプを出し、いとも簡単に私の三大イライラを取り除いてくれました。

 そして一言

「日本と違うからうまくいかないこと、よりも、日本と違うからできること、を考えよう」と。

そうだね、そうだね、とひとしきり泣いて、そこからは全ての困難が笑い話になりました。

 

毎週のように起こる停電断水、腐りかけの野菜や卵、血まみれの肉の塊、投げつけても割れない卵、せっかく設置したボイラーから水漏れが起こって床上浸水、洗濯機だって食洗機だって、家のドア枠だって、しょっちゅうあちこち壊れました。大雪もマイナス20度の中の外出も、何もかも、日本では得られない貴重な経験。

 

2年半の海外生活を経て、家族の絆は非常に強くなり、我が家はどこの家族にも負けない、ポジティブシンキングとお互いに支え合う力を得ました。

先進国ではなく、新興国で、初めての育児を家族さん人身を寄せ合って乗り切ったことは、何にも変えがたい体験だったと思います。

著者:異国の母

第一子生後五ヶ月の時に主人の駐在に帯同し、中央アジアへ。

2歳10ヶ月まで特殊環境で育児後、無事日本へ帰国、第二子を授かり現在3歳と0歳の一姫二太郎育児中。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。