結婚後、子どもが欲しい気持ちよりも自分の自由が欲しい日々が続き、約10年ほど夫婦で楽しんだ後で妊活を始めました。
30代後半でクリニックにて産婦人科デビュー。排卵が若干遅いということで、身体をあたためる漢方を処方して頂きながら、市販の排卵薬を使いタイミングを図っていたら、約半年後に予期せぬ妊娠をしました。
妊娠検査薬の窓に浮かんだ、1本の青い線。嬉しくて、今でも本棚の片隅に置いてあります。
最初の検診で胎嚢が確認できて、次の検診では、心臓がピコピコ光るように動いていました。その様子が、なんだかゲームに出て来るキャラクターのように可愛くて、夫にすぐメールしたのを覚えています。
初めから先生に「ちょっと小さいかな」と言われていました。
「でも赤ちゃんの事情もあるんでしょうね」と。
私は子を授かったことをとても喜んでいましたが、同時に言い知れぬ不安も抱えていました。
理由のない、漠然とした不安。今考えても、あれはなんだったのだろう?と思います。
妊娠確認できてから、1ヵ月弱。突然の鈍い腹痛が私を襲いました。毎日のようにお腹に話しかけていましたが、返事がないように思えました。
次の健診日まではあと数日ありましたが、不穏な感じがしたので、すぐに電話をし、産婦人科に向かいました。
超音波の画面には、ピコピコ光っている心臓は映っておらず、胎嚢は少し大きくなっているのに、縮んで萎れている印象を受けました。
先生は「探してみたけど、今日は、心臓が見えないわ。映っていないだけかもしれない。隠れているのかもしれない。わからないので、大きな病院で診てもらって」とおっしゃり、私が産もうと考えていた大病院に紹介状を書いてくださいました。
私は、まだ少しだけ信じていました。
でもいつも温和な先生は、取り繕ってにこやかにしてみた私に、見たこともない険しい顔をしました。
その数日後、体内からどんどん血が出てきて、三日月がきれいな澄んだ夜、私の中からすべて流れ出ました。ピコピコ光っていた心臓は白く小さな豆のようで、冷たい羊膜に包まれていました。
完全流産、6週でした。
心拍確認後の流産確率はグッと下がる、と言いますが、理由のない不安は当たってしまいました。
それから一年以上を経て再び妊娠。今、ちょうど臨月を迎えていますが、初めて見た我が子の心臓は、あのときの心臓とは見え方が違い、心臓ひとつとっても、個性があるように感じました。
人の命は、まず心臓の確認から始まり、心臓の停止が、すなわち死を意味します。
心臓は、誰にとっても、ずっと大切なもの。そんな当たり前の事実を、ピコピコ光っていた心臓から学びました。
愛しい心臓を、命を、どうか皆さまも大切に。
著者:もみ
9月に高年初産を迎え、自分のことばかり考えて来た人生が、果たしてどう変わるか?産まれて来た子が自分にとって最適な道を選べるように、力を尽くしたいと思います。親のささやかな愛が、子に伝わりますように。
※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。