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言葉も通じない海外で6ヶ月の娘がベッドから落下。大きなたんこぶにパニック!

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長女が6ヶ月になった頃、主人の実家のあるポーランドへ帰省しました。
赤ちゃんを連れての長時間のフライトや海外での病気・ケガなど不安は色々ありましたが、「孫に会いたい!嫁に会いたい!いつ来るんだ?」と会えるのを心待ちにしてくれていた義両親のために、帰省を決めました。

そんな不安をよそに、乗り換えありの約14時間にわたるフライトにも娘はたいしてぐずることもなく、飛行機の中ではCAさんに愛嬌を振りまき、たくさんお昼寝をして、無事に到着。

ご両親の自宅には約2週間滞在しましたが、滅多に帰省しない主人や産まれたばかりの赤ちゃんに会うため、毎日毎日親戚から友人、近所の人まで、次から次へとやって来ました。娘はまだ人見知りが始まる前だったため、義両親にもよく懐き、あやしてくれるみんなにニコニコ笑いかけ、終始ご機嫌でした。

一方私は、せっかくの帰省とはわかってはいるものの、時差に加えて、言葉も通じない、初めて会う人ばかり、そんな慣れない環境に日に日に疲れがたまってイライラ・・・。
初めての育児ということもありましたが、ハイハイし始めた頃だったので目が離せず、常に気が張っていました。

ある日、お昼寝から起きたばかりの娘はリビングのソファーベッドの上で遊んでいました。主人と義父がリビングでおしゃべりをしながら娘を見ていたため、私は一息つこうと、その場を離れました。キッチンで紅茶でも飲もうと用意を始めたその時、「ドンッ!!」と言う鈍い音のすぐ後に、「ギャー!」と泣く娘の声が聞こえました。

私は慌ててリビングへ走りました。主人が泣きわめく娘を抱っこし、その横で義父が心配そうな表情で一生懸命娘をなだめていました。娘を奪うように抱っこし、私は一体何があったのか主人に問いただしました。

おしゃべりに夢中になっていた主人と義父が目を離したすきに、娘がソファーベッドから転げ落ちたと言うのです。
私は『日本から何千キロも離れた、英語もほとんど通じないこの国で娘が大変なことになったら!!』とパニックでした。

ベッドから落ちたことにビックリした娘はなかなか泣き止まず、私はそんな娘をなんとか泣き止ませようと「大丈夫だよ、大丈夫だよ」とただただ声をかけていました。

転落した時にぶつけた頭の後ろがみるみる膨れてきました。病院に行った方が良いか主人と相談しながらも、私は主人を責めずにはいられませんでした。
頭を冷たいタオルで冷やしながら、娘が泣き止むのを待って、恐る恐るおっぱいをあげました。娘はひっくひっく言いながらも、いつものようにおっぱいを飲んでくれ、授乳することで娘も私も少しずつ落ち着きを取り戻しました。

主人が病院に電話をし状況説明し『今のところ様子見で良いですよ』と言われ、ホッとしたのと同時に、主人と義父に対しての怒りが沸々とこみ上げてきました。

事故だったとわかってはいても、遠く離れた外国で必死に育児をしていた私はストレス最高潮!義両親がいることも忘れ、泣きながら「何かあったらどうするの!?」と怒り爆発!恥ずかしながら、謝る主人のそばでオロオロする義両親に気遣う余裕もありませんでした。

その夜は娘が心配でほとんど一睡もできずに、何度も娘がちゃんと呼吸しているか、変わったところはないか、何度も何度も確かめて朝を迎えました。幸い、大きなたんこぶができた以外は大したことにならず済みました。

その事件が余程堪えたのか、主人はそれ以来「ちょっとやり過ぎでは?」と苦笑してしまうほど、私以上に子どもの危険に敏感なパパになりました。

著者:mint
年齢:30代
子どもの年齢:3歳 0歳

外国人のパパと二人の女の子の子育てに奮闘している、現在育児休暇中のママです。バリバリ仕事をしていた20代も懐かしいけど、パワフルな子供二人に毎日ヘトヘトになりながらの毎日は楽しく幸せです。

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