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41週で児頭骨盤不均衡と診断され、急遽帝王切開へ切り替えることになりました。

結婚して1年が経ち、妊活を始めました。妊活3ヶ月目に妊娠することができました。

 

お腹の赤ちゃんは順調に育っていましたが、人手不足な介護の仕事で多少頑張りすぎてしまうことがありました。

さらに、妊娠5ヶ月頃に前置胎盤気味と言われました。

胎盤は妊娠後期までどうなるか分からないとのことで、最終的には前置胎盤にならずにすみました。しかしその時と34週に張り止めをいただくことになりました。

 

産前休に入り心身ともにリラックスして過ごしていたのですが、40週になっても陣痛おしるしも全くありませんでした。

私が通っている産婦人科は41週まで産まれなければ、入院して陣痛を促すことになっており、私も入院することになりました。

スポンジを入れて子宮口を拡張しても、バルーンを入れて拡張しても陣痛はきませんでした。

陣痛促進剤で出産したと言う方も周りにいた為、最終的には促進剤で陣痛がくるものだと高を括っていました。

 

しかし、陣痛促進剤は私の体に何も起こしてはくれませんでした。赤ちゃんの頭が骨盤まで降りてこないのです。赤ちゃんの頭はお腹の中でプカプカ浮いている状態でした。

これが一種の児頭骨盤不均衡であり、促進剤を使用しても陣痛がこないことから帝王切開という言葉が浮上してきました。

それまで帝王切開なんて考えもしていなかった為、帝王切開がどのように行われるのかすらはっきりとは分かりませんでした。お腹を切るんだという事実だけが突きつけられ、ただただ漠然とした不安と複雑な気持ちで涙が止まりませんでした。しかし赤ちゃんを無事に産むためなら頑張れることでした。

 

手術は腰から下の部分麻酔だった為、両下肢に血栓防止用のマッサージ機を取りつけられ、上半身は寝台の固さから痛みがありました。手術が始まってしばらくして赤ちゃんの産声が聞こえました。無事に産まれたことへの安堵から涙がぽろぽろこぼれ落ちました。ぴったり3,000gで特に問題もなく産まれてくれました。

大変なのはここからです。縫い合わせることの方がはるかに時間がかかることだったのです。赤ちゃんに早く会いたい思いと体の痛みがじわじわときてとてもつらかったです。

病室に戻り、病院の方6名に寝台からベッドに移してもらい、そこでようやく赤ちゃんに会うことができました。とても自分から出てきたとは思えない不思議な感覚でした。人生で忘れられない素敵な日となりました。

麻酔が切れると支えてもらっても寝返りが困難なほど傷が痛み、眠るのも容易ではなかったです。

24時間はマッサージ機を付けているため、尿道にカテーテルを入れていました。寝返りすら困難である為、起き上がりや歩行もとても大変でした。

最初の歩行は看護師さん付き添いのもと、点滴の棒にすがってようやくトイレに行き着くという感じでした。徐々に痛みは和らいできますが、3日目あたりまではかなりしんどかったです。

とはいえ13日に及んだ入院生活も無事に終わり、母子共に元気に退院することができました。窓口での支払いは17万でしたが、医療保険から21万、高額療養費から6万ほどいただけたので金銭的には助かりました。

著者:ゆう

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