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一人寂しく陣痛室で痛みに耐える…最後の最後だけ見た夫は「あっけなかったね」と

ハッピーマタニティライフだった妊娠期間。

私は仲良し4人組と妊娠出産時期がかぶり、わからないことや不安な事は相談しながら妊娠生活を送っていました。

幸い悪阻は軽く2週間程度。お米などが食べられず食パンをかじる生活でしたが、吐き戻す事もなく仕事も続けていました。

一方、友達3人は切迫流産になりかけ仕事を辞めた人や、悪阻で入院した人、2人目の妊娠で産むまで悪阻が続いた人などで、私は何て恵まれた妊娠生活なんだろうと思っていました。

出産も陣痛から12時間弱で産まれ安産だったのですが、初めての出産でまさかの1人で陣痛をただただ耐えるという悲しい事態に…。

 

今思い出せば、深夜1時頃から陣痛が始まっていました。

軽い下腹部痛。定期的にくる痛み。

深く寝付けず、30分置きに痛みに気付き起きていましたが、陣痛とは気付かず。

明け方4時頃には寝られず10分置きの陣痛になっていましたがそれでも気付かず。笑

出血して初めて、「あれ?これ陣痛かな?」と主人と母を起こしました。

 

それでもまだ余裕の私は、主人のお弁当を作り朝ごはんも食べ、6時頃ようやく「これは病院に電話をしてみたほうが良いのかな?」と思い病院に電話をしてみました。

すでにその頃の陣痛は5分置きに1分程度続いていましたが、まだ陣痛とは思っていませんでした。ただ電話で看護師さんは、「それだけ痛みが続いているならすぐに病院に来い」と怒りの一言。

そこでもまだ余裕の私は、立会い出産希望にもかかわらず主人を送り出し、7時過ぎに母と病院へ。

 

子宮口はすでに半分以上開いていました。

陣痛室に入り母は仕事があるので一旦帰宅。そこから1人で携帯ゲームをしていましたが、すでに3分置きの陣痛に。

それでもまだ耐えられる痛みに、私自身、今日産むとは思っていませんでした。

 

主人から来る「大丈夫?」のLINEにも「まだまだ余裕~!」と返していましたが、9時過ぎからは一変。3分置きの立ち上がれないほどの本陣痛。水も飲めない、寝返りも打てない。誰も背中をさすってくれる人もおらず、ただベッドの手すりを握りしめていました。

主人にも「産まれるかもしれないから早く帰ってこい」とLINEを送りました。

 

そこから4時間、3分置きにくる激痛を耐えるのみ。1人なので痛いとも言えず、ただただ無言で耐えました。

その時思ったのが、友達みんなは旦那さんに付き添われながら陣痛を耐えていたなぁ。と。

私はハッピーマタニティライフと引き換えに、寂しい陣痛室でただ手すりを握りしめるだけなんだ。くそぅ。

 

立会い出産はギリギリ間に合い、産まれる5分前に旦那は分娩室に入ってきました。

最後の一踏ん張りを見た主人は、私に向かって「超安産であっけなかったね」と一言。

おい。ふざけるな。安産は認める。だが分娩台に上がって1時間以上いきみ、陣痛室では1人手すりを握りしめ、手のひらからは爪が食い込み血が出ているのに。あっけなかっただと?

看護師さんからも言われました。私は痛みに強いと。確かに痛いとは一言も言わず耐えましたが、痛かったですよ、もちろん!人生でこんなに痛い事はなかったですよ!なのに主人は大した事無いような言い方ですよ!

私は誓いました。2人目は絶対に仕事に行かせない!最初から最後まで付き添えよ!みてろよ私の痛がる姿を!!

 

痛みに強い私ですが、次の出産の時には主人に思いっきり痛いアピールをしてやろうと心に誓いました。

まだ出産を経験していない人には「旦那さんに思いっきりアピールをしたほうが良い」と声を大にして言いたいです!

著者:ちばーば

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