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妊娠はするのに、なぜ…? 不育症を乗り越えやってきた、体重1,061gのわが子

私は不育症です。

 

結婚してすぐ2009年11月に初めての妊娠がわかりました。

主人も私も3人兄弟で、ずっと子供は3人欲しいと思っていたので主人とともに喜びました。

しかしその後すぐに、2回続けて流産…。悲しすぎて毎日泣いて過ごし、いろんな検査をしたところ、自分が高プロラクチン血症ということがわかりました。

その後2011年4月、治療をし無事に第一子を出産。

2013年5月には第二子を出産することが出来ました。

 

そろそろ3人目を…と考えて血液検査をするとプロラクチンの値は下がり、今度は多嚢胞性卵症ということがわかり、クロミッドを飲みながらタイミングをとることにしました。

幸い次の月にに妊娠する事が出来ましたが、流産をしてしまいました。

その後続けて3回…。妊娠はすることができるのに、なぜか赤ちゃんはお空に帰ってしまうのです。

 

病院の先生には「もう2人いるならいらないんじゃない?」という人もいました。

「子供を2人出産してるんだから不育症じゃないよ」と。

不妊症の人に比べたら『2人いるなら十分だ、欲張り』と思う方もいると思います。

確かにそうやって思う方もいると思います。

でも、確かに私の体に宿った命なのです。

しっかり心臓も動いていました。

私にとってもは例えこの胸に抱けなかったとしても、大事な子供には変わりません。

 

地元の病院で検査をしても流産の原因は出てきませんでした。

有名な不育症の病院での検査には10万かかるのと新幹線を使うことになります。

そこまでしても本当に3人目が欲しいのか…。

また不育症であった場合、治療にはかなりのお金がかかる…。

 

主人ともたくさんの話をしました。

流産をすることで私の心も体もとても傷つきました。

子供達もまだ見ぬ兄弟を楽しみにしていたのに、残念な結果が続きました。

でもそれなら最後に1回だけ頑張ることにしました。

もし次に妊娠出来れば治療しながら頑張ってみる。

それがダメだったら子供はもう諦めようと…。

 

私は再び妊娠する事が出来ました!

今度は朝と夜12時間おきに自己注射をしました。

出産するまで400本打つ予定です。

月に1回以上新幹線に乗り、専門の病院に通いました。

妊娠8週9週となるに続けて流産との恐怖。

トイレに行くたびにくる出血をしているのではないかという不安。

自己注射はとても痛く、腹部はあざだらけになりました。

それでもエコーで見る赤ちゃんが大きくなっていく姿を見ると本当に幸せでいっぱいでした。

 

妊娠27週0日。

その日はなぜか掃除がしたくなり、家中を掃除していました。

夕ご飯の支度が終わると、ちょっと腹痛。

なんとなく、水が出る感じが…トイレに行くと大量の出血。

びっくりしました。一昨日の検診では何もなかったので…。

主人がたまたま帰ってきてくれていたので慌てて病院へ行きました。

 

結果、『切迫早産、子宮口が開き胎胞が見えているのでこのままお産になる可能性が高い…』とのことで即入院でした。

赤ちゃんはまだ1000gにも満たない。とりあえず28週を目標にし、32週34週と持っていきたい』と言われました。

 

じいじとばあばは他県に住んでいるし、自営業なので簡単には来れません。

子供たちの食事やお弁当、幼稚園などはどうするのか…

ファミサポや宅配サービスなど色々検討しました。

頼りになるのはママ友でした。

 

私自身は出血は続くものの、点滴もしているから入院していれば大丈夫と勝手に思っていました。

しかし、強くなる腹痛…前駆陣痛でした。

点滴はどんどん強くなり、沢山の副作用で動悸や頭痛、ふるえ、めまいなど体がしんどくなります。

 

27週4日の夜20時過ぎ腹痛がひどいので看護師さんに話すと、夜は一応分娩室に…と言われました…先生がくると、なんと子宮口はもう全開でした。

赤ちゃん逆子で、帝王切開

不育症の薬の影響もあり、全身麻酔での出産になりました。

朦朧とする意識の中、主人に『赤ちゃんは男の子で、1,061gだよ』と言われたことだけ覚えています。

 

赤ちゃんは隣のこども病院に行きました。

私が会えたのは出産後2日後、全身赤黒くとても細く両手の中に乗る息子が保育器に入っていました。

口にはチューブが入り、たくさんのモニターに繋がれています。

こんなに小さく生んでしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

なんで40週になるまでお腹に入れておいてあげられなかったのか、私の何がいけなかったのか、毎日毎日泣きました。

 

赤ちゃん母乳を1mlから飲ませているみたいで、全身オムツに隠れるくらいです。ミャーミャーと子猫が泣いているみたいなか細い声で泣いています。

保育器に手を入れ、小さな手を握るとギュっと握ってくる息子。

私に出来る事は、毎日母乳を絶やさず準備することでした。

 

私自身も産後に熱が下がらず、抗生剤の点滴も合わず体調を崩してしましました。

やっと退院が出来る事になりましたが、息子は当分入院ということでした。

毎日母乳を持って、面会に通いました。

身体は辛かったですが、毎日母乳をどれくらい飲んでいるのか、週3回の体重測定を聞きに行くのが励みになりました。

 

入院中は、なかなかミルクが飲めなかったり、うんちが上手にできなかったり。

呼吸器がなかなかとれなかったり、未熟児網膜症の為レーザ-手術をすることになったり。

NICUからGCUに移動し、保育器からコットに移動する…。

そんな小さな成長を一歩一歩進んでいく息子を見て、毎日幸せな気分になりました。

 

出産してから102日、体重は2,500gになり、無事に自宅に帰ってくることが出来ました。

毎日姉たちが抱っこをしてくれ、おむつの準備をしてくれます。

 

今回の妊娠出産は私にとって大変なことでした。

特に不育症について、まだまだ認知はされていません。

私の体験を知ってもらい、もし流産で悩んでいるのならぜひ検査をしてもらえたらと思います。

 

妊娠をするということ、

妊娠を継続するということ、

無事に出産をするということ、

元気な赤ちゃんを産むということ。

どれも本当に奇跡です。

私のところに生まれてきてくれた子供達、本当に感謝をしています。

著者:ふねこ

不育症の経験を持つママです。

現在は3人の子供に恵まれ、バタバタしながらも幸せな毎日を送っています。

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