ゼクシィBaby みんなの体験記


正月を病院で過ごすことに…

私は健康や体力に自信あったし、結婚して妊娠して出産して子沢山かな~なんて考えてました。

37才で主人と出会い妊娠!順調かと思っていた4ヶ月…流産

精神的にまいってしまいましたが、主人の支えで立ち直り、38才で再び妊娠。

今回は無事に生まれるまで大事に大事にと神経質になって、8週目…流産

私には子供を生んで育てることは出来ないのかなと悲しみに暮れましたが、諦めるにはまだ早い!高齢だから仕方ない!

その他に何かあるのかも、何かできるかも、日々検索魔になり不育症の検査をしてみることにした。

 

新横浜にある四天王に検査を依頼。先生は年齢の問題であるのを強く言っているように感じて、少し嫌な気分になりました。

しかし結果は血栓が出来やすいとのことで、バイアスピリンを排卵から服用して32週まで飲むようにとのことだった。

私には時間がない…焦っていた。排卵検査薬を使用して仲良し、仲良し前に受精しやすいように膣にジェルを入れ、仲良しも回数を重ねて…主人は快く協力してくれたけど、今考えると色気もなんもないな…。

フライング検査は10本!身体に良いと言われるものは取り入れ、買ったり必死な私…。そして妊娠判明!!!

 

そこからは赤ちゃんに良いものを調べ実行、それ以外は普通に生活しました。2回の流産で思ったのは、ダメな時はダメで産まれるときは産まれると割り切った。

仕事もしながら(実際は心の中で毎日毎日心配してた)楽しく笑って過ごした。

3ヶ月、4ヶ月…月日を重ね、女の子とわかり、あとは産まれるまで楽しみ♪とルンルンでいたら、血糖値がひっかかり食事管理、毎食後測定となりお金かかるなぁ…と(涙)

続いて貧血にもなり鉄剤処方され、バイアスピリンに鉄剤に血糖値管理…お気楽マタニティライフは厳しそうだ…。

だけど、赤ちゃんが無事なら頑張れると奮い立たせ気合いを入れました。

 

生活にもなれ順調なので、7ヶ月に両親と白川郷~黒部ダムへ旅行。

高尾山に登ったり、8ヶ月にはマタニティフォトを撮影して、臨月には夫婦で夜景を見ながらディナー。

やりたいこと出来た!あとは出産!

 

出産する病院を悩み、大学病院の方が何かあっても安心かなって思い通いましたが、ふと出産後のこと(高齢で回復も遅いし、体力温存のため)を考え始め無痛分娩が良いのかなと…。そして近所に無痛分娩をやっている病院をみつけ、無痛のことを聞いてみたくて行ってみた。

そしたら先生のざっくばらんな感じが気に入り、次回からお世話になることにしました。

7ヶ月ぐらいまでは無痛分娩と決めていたんですが、自然分娩で産みたい気持ちが高まってきて出産ギリギリまで悩んでました。

そして予定日の次の日に検診時にNSTを実施。

少しお腹の張りがあるけど悩むところ…と先生。

無痛分娩予定だったので陣痛促進剤で様子をみようと入院。

しかし私の中では自然分娩にしようと決めていた。ただ、まだ伝えられずにいた…。

点滴を始める時に、無痛はやめると伝えた。なんかドタバタしてたけど、年内に産もうと思っていたので開始してもらいました。

昼御飯を食べあまり痛みもなかったのでのんびり過ごしていたら、レバーみたいなのが出て、トイレ行ってベッドに戻ったら破水

その後の激痛は半端無かった…呼吸を整え、下半身に力を入れずに悶え苦しみ…もう限界…無理…耐えられない…と考えていたら、看護師さんが今から無痛にしても良いよ。と。私は即お願いします!と答え分娩室へ。

麻酔科医がなんか説明していたが聞けず、痛みに耐えていたら看護師さんが??なんか痛み方がおかしいと確認…。

ねぇ!すぐ産まれるよ!全開!今から麻酔する?どちらでも良いよ。と。

もう産まれるなら自然にしますと、バタバタ出産へ。

そこからは一時間で出産。主人もギリギリ間に合い、ちょー安産だね♪ なんて会話をしていたが…先生はバタバタ…出血止まらないよ!

点滴が片手だけじゃたりなく、両手に。

陣痛より出産より、出血止める処置がめちゃめちゃ痛い!

子宮に片手を入れてもう片手は腹部から圧迫…痛みと出血とで身体がガタガタ…出血量2リットル。分娩台から部屋に移動できたのは、出産から4時間後。今思うと赤ちゃんが側に居て、主人もいたから意識飛ばなかったけど、私…死んじゃうのかな…と考えていた…。

何日かして調べたら弛緩出血って本当に恐くて…生きてて良かったって本当に思った。

 

絶対安静でもあるが、育児は始まりまずは母乳

フラフラ、頭ガンガン、乳首は痛いし血は出るし、でも飲ませなきゃと意識朦朧の中、赤ちゃんは元気におっぱい飲んで、うんちして、泣いて…あぁ母になったんだなぁとほんわか幸せ実感できたのは何日もしてからだった…。

毎日の点滴、採血で右手、左手がアザだらけになり…出産も初体験だけど、ストレッチゃーで運ばれ、車椅子で移動、おしっこも管入れて、色々なことが経験できました。

 

今は早く回復して自宅で家族3人で正月を迎えることを目標に頑張れた!

しかし、2リットル出血って簡単にはいかず、輸血すれば早いけど先生も私も避けたかったので、点滴で回復することを願った。そのため入院が長引くことに…。

年内に産もうと陣痛促進剤使用したため、子宮収縮が上手くいかず大量出血したのかな…と、赤ちゃんに任せたら良かったのに、ママの都合で決めたことがこの結果になったのではと、ネガティブなことを考えてしまった。

 

後から入院してきた人達を見送りながらの、1月3日の朝の血液検査で目標の数値をクリア!急遽帰宅許可が下りました。

クリアは出来たけどまだまだ数値は低め、鉄剤を処方され、自宅で食事管理、無理はしないようにと。

身体は本調子ではなかったけど、赤ちゃんと主人と我が家に帰れる喜びは長かった入院生活だったし、嬉しさ倍増?

久々に吸った空気、赤ちゃんと一緒に見た空は晴天。今まで生きてきて本当に素晴らしいと心から思った。

 

我が子と玄関から入って、新品のベビー布団に寝かせて、ふぅ~と思った瞬間に主人が力強く抱き締めてきて、感動して泣いていた。本当に幸せだと思った。

色々あったけど、今、ここに寝ている我が子とやっと会うことができて、私達夫婦の子供として無事に生まれてきてきてくれた我が子に、たくさんのありがとうと、これからも愛情たっぷりで、健やかに成長するのを見守り、明るい未来であることを祈り、私達も身体に気を付けて孫を見るまで頑張ろうと夫婦で涙流しながら話してます。

こんなに大切な存在…愛おしい我が子…本当に幸せだなぁ。この幸せを大切にします。

著者:アズー

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