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20代だけど…数年後には閉経するかもしれない! 私たちが踏み切った顕微授精

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もともと生理不順があったわたし。婦人科の病院にかかったこともあったけど、問題ないよといわれて安心していました。

理想はハネムーンベイビー!でも夢も虚しく、生理がきました。

 

たまたま体外受精経験者の先輩に生理不順と話したところ、

「きっと排卵が起こっていないから、早めに不妊治療の病院に行ったほうがいい」

と助言を得られ、半信半疑で不妊治療の病院にかかりました。

 

タイミング法を始め、毎月生理がきては落ち込み、次は妊娠できる気がする!と思い込んでいました。26歳でまだ若いから、医師からもタイミング法で妊娠できると思うよ!といわれていました。

はじめの病院に通院したのは検査期間も含めて8ヵ月間。

そのクリニックでは、不妊の原因はLHが少なく排卵が起こらないということがわかっただけで、服薬しても排卵が起こらないこともありました。

そこで先輩に相談すると、転院を勧められました。

排卵が薬でうまく起こせないのなら、人工授精してもお金と時間が無駄になると思い、体外受精にしようと主人と相談して決めました。

まさか自分が体外受精するなんて!と思いましたが、早く子どもが欲しかったので迷いはなかったです。

周りの友人には結婚していない人が多く、その若さで体外受精?と驚かれました。

 

病院に行くと、数回に分けながらこれまでしなかった多くの検査をしました。

わたしの脳(視床下部)から分泌されるLHの量が少ないことと、AMHという卵巣機能をみるホルモンが極端に少なく卵巣機能は41~42歳程度と低下していること。

主人の精子に直進精子の割合が少ない男性不妊も原因ということがわかり、顕微受精という方法で行うことになりました。

 

そして、このままだと31~32歳で閉経する可能性もあると告げられました。

わたし、2人欲しいのに、このままだと間に合わないかもしれない!という焦りと共に、仕事へのストレスが日に日に増していきました。

周りから『子どもはまだ作らないの?』と言われると腹が立ちました。

欲しいのにできないの!こんなに頑張ってるのにできないの!と叫びたくなりました。

 

通っていたのは体外受精専門の有名なクリニックで、機械的な流れ作業、医師がいう来院日は変えられないということが、常勤で夜勤もある仕事をしている上でかなり不便でストレスでした。

職場でも、初めは上司に仕事よりも不妊治療を優先していいといわれ安心していましたが、せっかく配慮してもらっても急に「何日後の何時までに来院」と言われて休みをもらったり勤務を変えてもらったり、イライラされたこともありました。

風邪では休めない、同僚が感染症になって休むと体調管理がなってないと怒られているような職場でしたから当然だと思いますし、そこまで配慮してくれたことに感謝しています。

だからといって不妊治療の医師に日にちや時間をずらしたい旨を伝えると、何が大切なのかよく考えなさいとの一点張り。職場と不妊治療の板ばさみ状態が辛かったです。

 

仕事が忙しい状態が1年以上続いていて、責任ある立場になっているにも関わらず、仕事上のトラブルに巻き込まれたり起こしたりで不甲斐なさを感じ、集中できず軽度のうつ病になり、しばらく通院したりもしました。

仕事を辞めたいと伝えましたが、辞めると欠員が出るためかうまい具合に言いくるめられ、仕事は嫌いではなく続けたい気持ちもあったので、ずるずると不妊治療と共に続けることになってしまいました。

 

採卵2回、移植1回目の27歳で妊娠がわかりました。

通院期間は7ヵ月。前のクリニックと併せると1年3ヵ月。短いと思う人もいるかもしれません。

でも、初めは医師からすぐ妊娠できるよといわれていたわたしが体外受精クリニックに行っても、採卵して変性卵や成長が止まった未成熟卵しかとれなかったり、無事とれてもホルモンバランスが悪く移植できなかったで、こんなにも長いのか!!と思っていました。

妊娠がわかった喜びもつかの間、つわりが始まった後、5週で出血し切迫流産となりました。崩れ落ちるような気持ちでした。

 

絶対安静ということで4週間、妊娠悪阻で2週間休職しました。

ピークでは1日30回以上吐き、水分もとれず病院に通院して点滴してました。

つわりがピークを過ぎた11週頃、仕事に復帰しました。

恐る恐るこれまで迷惑をかけた同僚や上司に挨拶をしましたが、温かく迎えてくれ、事務作業を多めにしてくれてm無理しないようにと声をかけてもらえたりして、つわりで辛いながらも復帰できていることが嬉しくなりました。

しかし3日後、勤務終了後に出血してしまいました。2回目の切迫流産。

主人がすぐに病院に連れていってくれ、もう次はないと思うから退職しよう!と言われました。わたしの中でも退職の決意ができました。

 

同僚に欠員により迷惑をかけてしまう申し訳なさはありましたが、何よりもお腹の生命を守りたい。そして、あんなにも辛かったつわりはもうできる限り味わいたくない!そう思ったからです。

さすがに2回目の切迫流産となると、上司にも退職は止められませんでした。

 

不妊治療では夫婦の収入がギリギリ助成金が出ない程度だったため、全額自己負担で、100万を超えました。収入も減ったので退職後から節約生活です。

でも、仕事は辞めて正解でした。

いま思えば2回も切迫流産にさせてしまい、赤ちゃんには可哀想なことをしてしまったなと思うけれど、流産せず耐えてくれたことに感謝しています。

妊娠7ヵ月のいま、主人とおなかの中の赤ちゃんに話しかけたり、胎動を味わうことができて愛おしく、とても幸せです。

あの時、先輩が不妊治療を勧めてくれていなければ、未だに妊娠できずに悩んでいたと思いますし、必ず赤ちゃんを抱けるから頑張って!と言われていなかったら、心が折れていたかもしれません。

 

この体験を通してわたしが伝えられるのは、妊娠出産は本当に奇跡だということ。

不妊治療は恥ずかしさゆえ隠していることが多く、自分だけと思いがちだけれど、敷居が高いものでもなく、実際にはかなり不妊に悩む方がいるということ。

周りや医師のいうことだけを鵜呑みにせず、子どもを望むなら年齢問わず早くステップアップするに越したことはないこと。

体外受精・顕微受精は本当に大変でフルタイムの仕事と体外受精・顕微受精との両立は、よほど理解ある職場もしくは調整が利く病院でなければ、辞めるもしくは転院するなど、なるべく無理しない方法を考えるのがよいということ。

不妊治療は結果が出るかわからず、ドロ沼で時間もお金もかかるけれど、何が大切なのかを考えることと、何より頑張っている自分を認めてあげて下さい。

 

わたしも、出産が無事終わっても、3~4年以内に閉経して妊娠すらできなくなってしまう可能性が高いので、また不妊治療か…と思ってしまいますが、ひとりじゃないです。

みなさんで一緒に頑張りましょう!

著者:ここるん

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。