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大事なのは母体じゃないの!? 切迫早産で自宅安静なのに義母が心配するのは旦那の飯!

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去年の3月末、私は8か月に入ったばかりの身重の体を抱えながら電車で1時間かけ通勤していました。それは3年前に長男を出産したときは特に何事もなく正期産での安産だったため、今回もそれほどまで自身の体を極端に気にすることもなかったからです。

ところが産休まで残り1日を残した、直前の仕事休みのときに陣痛のような激しさを覚え、同僚にお願いしてかかりつけ医に向かうも、子宮頸管が2㎝を切っているのと前駆陣痛らしき兆候があることから切迫早産と診断され、その場で入院or自宅安静を選択する羽目になりました。

翌日には3歳の息子の幼稚園の入園式が控えているのと入院後は出産まで退院できないことから、当初は自宅安静を選択しました。

実際は既に小さな闘いは始まっていましたがまだほんの序章にすぎませんでした。

入園式には夫も付き添い、それ自体の体への負担はそれほどではなかったものの、その後の掃除洗濯料理などの家事はやはり手を抜くことができず。というより、“家の仕事は女がするもの”といった昔気質の旦那の性格があってなかなか手を抜くということができなかったのです。

まぁ、切迫早産と診断されても男性にはその深刻さを理解できないのも事実でしょう。自宅安静=単に外出禁止という認識でいたため、それはそれで構わないのですが、夫の帰宅後にも横になっていれば「そんなに寝て羨ましい」だとか、「家にいるのにちゃんとしたご飯を出してくれよ」とわざわざ口に出して言ってくるので喧嘩になる日々でした。

一回一回その都度言わないと状況が呑みこめないんだと理解しつつも、私も逐一話す労力は相当な体力を消耗していたので半ば諦め、休めるときに休む、そんな感じで自宅で過ごしておりました。

が、しかし、家にいて横で休んでいても、徒歩5分の距離にある実家から義母が連絡なしに訪問してきては、「なんでこんな(切迫早産)になったの?ちゃんと日頃から野菜食べてなかったからでしょ。」と畑でとれた野菜をそのままの状態で持ってくる始末。

私に調理しろと?極力動きたくないし、切迫ということで少々メンタルが病んでいる上にさらなる追い打ちをかける言葉を発します。

「旦那さんを守れるのは奥さんだけ。旦那さんが健康で仕事ができるのは奥さんのしっかりした献立の料理がすべてだから、息子のことをしっかり頼みますね?」

さすがに切迫早産で医者から安静を強いられている旨を伝えても、「そんな切迫早産なんて私たちの頃はなかったのよ。安静にしていたらかえって赤ちゃんが大きくなりすぎて難産になってしまう。家のことぐらいできないなんてちょっと甘ったれているんじゃない。料理が作れなきゃ旦那さんの世話は誰がみるの?そっちのが心配でしょ」と、まるで私の怠慢でこうなったかのようなことを延々と言われました。

ところがそうもいかなくなったのは5月に入ってからのこと。健診で「このままだと赤ちゃん出てきちゃうよ。シャワーとトイレ以外寝てなきゃダメ。家でそれができないなら旦那に私(担当医)から話すこともできるし、診断書も出すよ。入院できるならすぐにでもしてほしい。」

旦那は家事をせず、仕事で帰りも遅く、3歳の息子もいて面倒もみなきゃいけない等、あらゆる問題が山積みの中、夫に事の重大さを伝え何とか入院させてもらえることになりました。

「息子は俺に任せろ!」と、あれだけ文句ばかりだった夫が潔い返事をしてくれ、私も安心して入院生活を送れると思いきや、その後から義母と義父からの着信の連続がありました。「いつまで入院なんだ?」「正期産までどのくらいだ?」「37週までなんでこっちで見なきゃいけないのよ。」

旦那までも、「37週でも36週でも変わらないだろ?もうこっち(実家)は大変なんだよ、お前がいないとダメなんだよ」と、一刻でも早く退院を促す電話の嵐。とは言っても義実家にて過ごすなんて一切聞いてなかったし(怒)。

こうして切迫入院中の連日、一度や二度では収まらない愚痴の着信が、37週直前の一時退院まで延々と続きました。

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著者:かるを
年齢:33歳
子どもの年齢:長男4歳、長女9か月

長男の幼稚園入園と出産が重なり、慌ただしい毎日を送っております。自我が芽生えた息子は日に日に成長と同時にいたずらの度が過ぎていくばかりで乳飲み子を抱えながらの子育ては毎日エネルギーを消耗します。一人の女性としてもっと磨きをかけたいもののそんな時間はいつになったらやってくるのか……老いる一方の33歳肝っ玉母ちゃんです。

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