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胞状奇胎の発覚で流産、そして1年半の妊娠禁止期間。周囲の優しさに救われた。

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妊娠発覚後に出血したので病院を受診したところ、流産する可能性が高いと言われました。
その時に念のために受けた血液検査で、胞状奇胎だと判明したのです。
異常妊娠のひとつである胞状奇胎は、放置しておくとまれに悪性の絨毛癌になる可能性もあります。
すぐに処置手術を受けることになりました。
私の受診した病院では、胞状奇胎の処置手術は1泊2日のものを2回行うと説明を受けました。

当時まだ妊娠6週目に入ったばかりだったので、職場に妊娠報告はしていませんでした。
私は新しい部署に異動になったばかりで、仕事も忙しいタイミング。
会社を2日間休む時、普段なら理由を添えずに休暇申請をしていましたが、今回は手術という特別な事情です。
2週間連続で2日ずつ。すでに決められた手術日とその翌日とで合計4日休むことにもなるため、理由を言わないと周囲の理解も得難く思われました。

そこで、事情を説明するのは早い方が良いだろうと病院を出てすぐに会社の上司に電話。
特殊な流産のため手術を受けることになり、今週来週と2日ずつ休みをもらいたいと話しました。
流産と胞状奇胎というダブルのショックで泣くこともできない状態だったので、上司への電話でも淡々と話すことができました。
上司は「何と言ったらいいか・・・」と、無理せずゆっくりと休むようにと言ってくれました。

2週連続で受けるはずだった処置手術ですが、1回目の手術後に炎症を起こしてしまったため、2回目は落ち着くまで延期に。
炎症反応がなくなり次の手術をするまで、そのまま入院し続けることになりました。
予定外に仕事を休み続けることになってしまった私。
部署異動してから最初に担当した仕事だったのに、早々に周囲の助けを仰ぐことになってしまいました。

そんな私に対して、入院中に面会に来てくれた先輩や、自宅に手紙と花を送ってくれた先輩もいました。
自分の流産体験を話してくれ、深い理解を示してくれた先輩もいます。
流産をしたこと、それが胞状奇胎だったため妊娠はしばらく禁止だと言われたことで、精神的にかなり落ち込んでいましたが、なんとか仕事をすることができたのは、周囲の理解と協力があったからだと思います。

流産したことは今でも忘れない悲しい体験ですが、家族や友人をはじめ、会社の人たちにもたくさん支えてもらい、優しさをもらいました。
この先、私も何らかの形で誰かの支えになれたらいいなと思います。

著者:シュガーバイン
年齢:30代
子どもの年齢:3歳

息子の大好物は唐揚げ、ハンバーグ、そして「肉」。息子に合わせた食生活で、私まで順調に体重増加中です。

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