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泣いてばかりだった私をママにしてくれた。困難を乗り越えて生まれてきてくれた我が子

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子どもを本気で考えだしたのは、流産がきっかけでした。

学生の頃から不正出血が続いていた私は、夫には伝えた事がありませんでしたが子どもは授かれないのではないかと、どこかでそう思っていました。

 

初めて妊娠検査薬の陽性反応が出たのは、結婚して3年目の事でした。

しかし喜びも束の間、その子は心拍を確認する事もなく、お空へ帰って行ってしまいました。やっと授かった命を守る事ができなかったと感じ、自分を責め、仕事も辞め、しばらく人に会う事すらできなくなりました。

 

夫の仕事の関係で環境が変わり、そこで私は初めて不妊専門のクリニックへ通うようになりました。

「多嚢胞性卵巣症候群」

卵巣内に多数の卵胞がある事が原因で、1つの卵が大きくなれずに排卵ができない為、妊娠に繋がらないという事でした。

原因がきちんとわかった事で、少し気持ちが軽くなりましたが、注射をする為に病院へ通い、血液検査で何回も血を抜かれ、この日にタイミングをとるようにと日にちを決められる事が夫婦共に負担になっていたのを覚えています。

 

幸い夫には問題がなく協力的でしたが、子どもは欲しい反面、気持ちがなかなかついていかないのが正直な気持ちでした。

 

「今回も排卵をしそうにないから、次の生理が終わった後にまたきて下さい」

あと何回こんな思いをしたらいいのだろうと諦めていた周期に奇跡的に授かりました。

 

ここから生まれてくるまで、私はいったい何回泣いただろう。

「出血があるので、安静にしてください」

トイレに行くたび前回の事を思い出し、また同じようになったら…、恐怖が消えませんでした。

 

初めてみたエコーにうつる赤ちゃんの姿。心臓の音。出血が止まると、今度は悪阻が始まりました。

何を食べても、何を飲んでも受け付けない生活が7か月まで続き、赤ちゃんが生きている証拠だと思っていても、朝がくるとまたあの吐き気に襲われる…そう思うとつらかったです。

 

やっと落ち着いてきた頃は残りのマタニティ生活を楽しめる事もなく、今度は切迫早産と診断されました。その時の赤ちゃんの体重はまだ1000gにも届いていませんでした。

そこからの入院生活、ご飯とトイレ以外は動く事ができず、24時間点滴に繋がれていて、本当に無事に生まれてくるのだろうか…毎日が不安でしかありませんでした。

 

私の不安をよそに、お腹の中でゆっくり過ごしてくれた我が子。10か月と8日目。泣いてばかりだった私をママにしてくれました!元気いっぱい力強く生まれてきてくれた瞬間、私は涙が止まらなかったです。

 

私達を選んでくれてありがとう。

私達を家族にしてくれてありがとう。

今、隣で笑っていられる奇跡、一生あなたを守っていくと心に決めました。

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著者:みぃ
年齢:30代
子どもの年齢:3歳

田舎暮らしの専業主婦 毎日ヤンチャ息子を追いかけまわっています。

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