妊娠・出産・育児の情報サイト


心配性すぎる母に思わずイライラしたけれど…最後は笑って終われた分娩体験

f:id:akasuguope01:20170224125238j:plain

2人目を出産するときは上の子が保育園に通っていたこともあり、里帰りはせず、自宅近隣の産院で出産することにしていました。

私の実家から車で1時間程なので、よほどのスピード出産でなければ、間に合う距離です。上の子の出産は、難産で1日以上かかった経験があり、そんなに早くはないだろうと予測していました。

上の子が生まれたのが予定日の2日前でした。下の子も、同じくらいかな~なんて思っていたら、予定日の2日前の朝、上の子が突然「赤ちゃん生まれるよ」と予言したのです。半信半疑でしたが、だんだん陣痛らしき痛みがくるようになり、昼頃には10分間隔になりました。すぐに入院グッズを持って病院へ行きました。

実家には旦那が連絡をしてくれていたので、14時頃にはこちらに向かっているようでした。タイミングが悪くこの時は上の子が発熱したので旦那と上の子は自宅待機にして、助産師さんが陣痛のフォローをしてくれていました。

ちょうど両親が到着した時は、分娩準備室でひとりで陣痛と向き合っていました。
するとその様子を見た母が、「誰も付いていてくれなかったの?独りぼっちで可哀そうに・・・」と泣きそうな顔で言ってきました。

あいにく私は寂しくもないし、経産婦だし、こんな時にそんな目で見られても・・・と思いました。母親というのは何歳になってもそういうものなんだろうと、一定の理解はしているつもりですが、母は過度の心配性で、人が良すぎで、何か人にしてあげたくて仕方がない性格なので、いつも「心配しすぎ!」と私に怒られていました。

そんな長所か短所か分からない部分が、娘の出産を目の当たりにして発揮されたのです。私は少しげんなりしながら、順調に強くなってきた陣痛と向き合っていました。


段々と話す余裕もなくなり、母にお尻を押してもらっていました。母は「あぁ痛いねぇ、つらいねぇ」とぶつぶつ言いながら押してくれましたが、その押し方がなんとも居心地が悪いのです。押しが弱く、さするようだったので、「もっと強く押して!」とお願いしましたが、全然強くならず、無いほうがマシだと思って、その役割を剥奪しました。


することがなくなってしまった母が出来ることは、心配をするだけでした。うつ伏せで必死に耐えている私の枕もとで、うろうろしながら何かぶつぶつ言っていました。

私が最後に母に与えた役割は、分娩の様子を撮影することでした。
後からその動画を見てみると、不器用な母なりにいろいろと工夫したり角度を変えてみたり、頑張ってくれた様子が伝わってきました。

ただ、私を応援する母の声は、ばっちり録音されていて、また私の笑いを誘ったのでした。

どこか憎めないそんな母のおかげで感動もしましたが、笑いのある出産になりました。

f:id:akasuguope01:20170224124909j:plain

著者:りのこん
年齢:36歳
子どもの年齢:3歳、1歳

こんにちは。 家族大好き、仕事大好き、海が大好きな主婦です。旦那のまさかの転勤により自宅から700キロ離れた土地へお引越ししました。 住めば都というのは本当か?!見知らぬ土地で楽しく過ごそうと、日々子供たちと奮闘しています。 ポジティブで基本的に人を疑わないので、よく損をしています(笑)

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。