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丸3日間続いた壮絶な陣痛後、感染症にかかり緊急帝王切開に…

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1月に娘を出産しました。
予定日を2日過ぎた日のお昼過ぎ、トイレに行くとおしるしがありました。この時点で生理痛のような痛みが…。「これは陣痛だ!」と思い、陣痛が消えないように部屋の掃除をしたりして過ごしていました。痛みが強くなったり弱くなったりを繰り返し、翌日の朝8時、陣痛の間隔が5分になっていたので父の車で病院へ。

診察すると「上位で破水しているので早めに産みましょう」と言われました。私は院内助産院で出産を希望していたので個室の畳の部屋に通され、そこの布団の上で陣痛と戦いました。しかし、間隔が空いたり痛みが弱い時もあったりで、結局その日は産まれませんでした。

 

入院2日目の翌日、午前中に骨盤のレントゲンを撮影。赤ちゃんの頭が通れるギリギリの大きさだったので午後から陣痛促進剤を使う事になりました。

院内助産院を離れ病院の陣痛室へ。移動後、半日痛みと戦いました。母がお尻にテニスボールを当ててくれて旦那がずっと手を握ってくれていました。唇が乾燥して血が出るほど息を吐き、必死にいきみ逃しをしましたが赤ちゃんは下りてきません。子宮口は全開なのになんで…?


どうやらお腹の中の赤ちゃんの向きが私のお腹側ではなく背中側のほうを向いていたらしく、「四つん這いになってここでもういきんでください」と先生に言われました。「えっ!?ここで?分娩室じゃないのに?でもいきんでいいならもうここで産んでやる!」という気持ちで、いきめることが嬉しくてそこから数時間、思い切り頑張りました。途中で更に破水して一気に水が出て「産まれた!?」と勘違いもしましたが深夜の診察で「赤ちゃんの位置、変わってませんね」という残酷な結果…。

 

これ以上頑張るのは母体が危ないので一旦陣痛促進剤を止めてちゃんと寝て体力を回復してから明日の朝また頑張ることになりましたが、その間も微弱な陣痛が来ているのでよく眠れません。
この時の私の感情はもう絶望でした。旦那に泣きながら「もう…無理。帝王切開でいい…」と訴え、旦那は「どこも異常がないんだからもう少し頑張ろう」と励ましてくれました。

しかしその直後突然の急激な寒気。熱を測ると40℃!赤ちゃんが苦しがっているからと酸素マスクをつけられすぐにベッドごと別室に移されました。血液検査をしたら感染症にかかっていることが分かり、緊急帝王切開になりました。

 

そこからはもうバタバタと手術の用意が始まりました。一旦家に帰っていた旦那も急いで戻って来て同意書にサイン。いちごを持ってきてくれた祖母とロクに話せないまま入院3日目のお昼12時に手術室へと運ばれました。途中で「行ってくるね」と笑顔で旦那と祖母に手を振っていたのをぼんやり覚えています。

この時の私は「手術怖い」よりも「もう、いい加減早く赤ちゃんに会いたい」という気持ちのほうが大きかったのです。
背中に麻酔を打つ寸前まで陣痛が来ていましたが、麻酔を打った瞬間すう―っと楽になりました。最初に陣痛が来てからちょうど3日が経っていました。

 

数分後、予定日から5日遅れでやっと産まれました。

 

「やっと会えた…!」と涙が出ましたが、その姿が見れたのもつかの間、赤ちゃんも相当苦しかったみたいで顔色は真っ青。肺に穴が空いているのですぐに先生の元へ連れて行かれました。後から旦那に赤ちゃんは無事だと聞いてホッとしましたが…。

 

手術が終わり病室へ運ばれている時に両親、祖父母、弟たちの姿が見えました。結構長時間だったのに手術が終わるのを待ってくれていて感動でした。後から聞いたら、なかなか産まれないから家の中が殺伐とした雰囲気に…。それほどみんなの心配が半端なかったみたいです。

 

この後、術後の痛みで苦しむことになるのですが、とりあえずは無事に産まれてきてくれた娘とずっと付き添ってくれていた家族に感謝感謝の私の出産でした。

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著者:ちおりん
年齢:31歳
子どもの年齢:2歳

くるくる天パでおてんば食いしん坊娘のヘタレちびママです。2人とも食べるの大好き。お出かけ大好き。今日はどこへ行こうかな?何を食べようかな?旦那は多忙なので毎日2人で楽しみながらのんびりまったり過ごしています。ママは万年ダイエッター。産後太りが元に戻りません。口癖は「ダイエットは明日から」頑張ります。

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