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緊急帝王切開後にまさかの激痛&てんかん発作。人生最大のストレスを感じた夜

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私は3日間の陣痛後、母体が感染症にかかり緊急帝王切開で娘を出産しました。

 

手術したその日はベッドの上から動けないと言われたので、大人しくしていましたが気持ちは早く娘に会いたくて仕方ありませんでした。

翌日、起床時間よりも少し早く目が覚めた私は、早く娘に会いに行きたくてうずうずしていましたが、看護師さんが来るまで大人しくしていました。

 

そして、看護師さんがやって来た時に電動ベッドの上げ方を教えてもらって体を起こしてみると…

お腹が痛い!物凄く痛い!

 

手術後の痛みがこんなに酷いものだと全く思ってなかった私は、動けないほど痛かったので、ベッドの上で体を起こしたまま元の体勢に戻ることも出来ず固まってしまいました。

その後、朝食と帝王切開の手引き、母子手帳、出生届など色々運ばれてきて説明を受けましたが、私の頭の中は真っ白。

こんな痛いなんて聞いてない。何もできない。娘にも会いに行く事できない。帝王切開の手引きに「翌日から点滴を外して歩きましょう」と書いてあったけど絶対に無理。

朝食も食べる気になれずしばらくそのまま放心していましたが、内診の時間が来てベッドごと診察室に運ばれました。

 

 

そこで傷の上を思い切り押されてまた涙が出るほど痛かったです。その時に自分の下半身を見て気付いたのですが、私の体、管だらけでした。

腕には点滴、感染症にかかったので体の中を洗浄するために手術の時に使った大量の水を流すためにお腹から管が通されていて、ベッドの下にある血が溜まるパックにつながっていました。

更に下からは尿管が通され、またベッドの下には尿が溜まるパックが…。

 

普段健康な私は、自分がこんな状態になっている事に深く絶望してしまいました。

病室に戻され、パジャマに着替えるのも体が動かせないので全部看護師さんにやってもらって、申し訳なさと恥ずかしさと絶望と情けなさと色んな感情が混ざって、気が付いたら眼球が上の方を向いて戻らなくなってしまいました。

瞼が非常に重く、頭の中はぐるぐる回っています。少しの間意識を失っていたのか、次に目を覚ました時に見えたのは心配そうにベッドの横で見守る両親の姿と数名の看護師さんでした。

 

そこからベッドごと脳外科に移動。

MRIやCTスキャンなどさまざまな検査をしましたが、その時は意識が朦朧としていてあまりよく覚えていません。

すべての検査が終わった時はもう夕食の時間でした。その時は両親と交代で旦那が来てくれて、ずっと横で励ましてくれていました。

しかしその間も眼球の位置はずっと上を向いたまま。筋肉注射と点滴をして指先には心電図を計るクリップみたいなものを付けられ、それが機械に繋がり私の体は更に管と機械だらけに。

 

夜中も数時間ごとに看護師さんや先生がやってきて眠れません。
赤ちゃんを産んで今頃は幸せな気分のはずなのに。

普通に産んだ人はもう母乳あげてるのに。

なんで私だけこんな目に合うの?娘に会いたい。

でも体がこんな状態じゃ会うことも出来ない。もう嫌だ。

 

人生最大のストレスと疲れを感じ、上を向いたままの眼球から涙をこぼしながら出産後1日目は終わりました。

 

その後、何とか体は回復し、ギリギリ娘と一緒に退院することができました。

念のため1か月後に脳外科の検診がありましたが異常なし。

 

どうやら3日間の陣痛と手術で体に負担をかけ過ぎて、一時的に体が痙攣するてんかん発作の一種だったようです。

「てんかん発作はどんな健康な人でも突然なる可能性がある病気だから、あまり自分を責めないように」と言われました。

今思えば、恥ずかしいなんて感情は捨ててもっと看護師さんや助産師さんに甘えてわがままを言っておけばよかったと思います。

恰好つけ過ぎてストレスも倍になってた部分もあると思うので…。

 

あれから2年経った今でもまだ怖くて、今後一生絶対に忘れることができない出来事でした。

 

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著者:ちおりん
年齢:31歳
子どもの年齢:2歳

くるくる天パでおてんば食いしん坊娘のヘタレちびママです。2人とも食べるの大好き。お出かけ大好き。今日はどこへ行こうかな?何を食べようかな?旦那は多忙なので毎日2人で楽しみながらのんびりまったり過ごしています。ママは万年ダイエッター。産後太りが元に戻りません。口癖は「ダイエットは明日から」頑張ります。

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