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リスクを乗り越えた先に見えた希望

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最初の流産は、妊娠9週目。出血が続き、何度か病院へ。

具体的に治療できることはなく、安静にするしかなかった。

安静にしていたのに、「なんか、出てきた」と思い、トイレにいったら、大量の血のかたまりが出てきた。頭が真っ白になり、もう、ダメだ~と悟った。

病院に行くと、超音波に写った画面は、赤ちゃんの姿が流れる形になっていた。その日のうちに手術。麻酔から覚めるときは、自分がベルトコンベアに乗って流されている感覚。

目が覚めるとごめんねごめんねと涙が止まらなかった。仕事をしたのが悪かったのか何かムリをしてしまったのか…自分を責めた。

 

2回目の流産は、妊娠8週目。1回目より短い。病院に行くと、前回から大きくなっていない。あきらめた方がいいと言われた。

またダメなのか、病院の待合で妊婦さんを見るたびに、なぜ、私は、おなかが大きくならないのか。妊娠したら、おなかが大きくなって、赤ちゃんをこの手に抱けると思っていた。

なぜ、私だけ…。子宮筋腫があるから、流産するのか、高齢だからなのか、自問自答の日々。

 

医師から、不育症なのかもしれないと言われたとき、初めて、そんなことがあるのかと知った。40歳。制限時間は、迫っている。不育症のことを調べ、不育症の専門の先生に診察、検査していただくことにした。

初めての診察の際、3度目の妊娠をしていることが判明。しかし、たぶん、流れると思うよ。と言われた。数日後、生理のような出血があり、化学的流産だった。

 

その後、不育症の検査を受けたところ、血が固まりやすい性質を持っていることがわかり、薬で治療しました。

4度目の妊娠で、やっと出産することができた。陣痛が始まり、我が子が出てきて、この手に抱いたとき、妊娠出産は、奇跡の出来事なんだと実感した。

更に高齢になるが、この奇跡をもう一度起こしたい。

著者:ナッキー

ママ1年生。熱しやすく飽きやすい。食べることが大好き。温泉好き。カフェ巡り、寺社巡りが大好き。子供好きで保育士資格を取得するために 勉強中。

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