ゼクシィBaby みんなの体験記


強烈な悪阻、入院、点滴生活に苦しみまくった妊婦生活

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最初に体に異変を感じたのは、妊娠3週目。ダルくて、夜間のトイレが急に増えて、ひどいときは30分に一回目が覚めるようになりました。今まで感じたことがない身体の状態に、「あれ?心の病?糖尿病??」と思ったくらい。思えば、それが悪阻の始まりだったんです。

5週目、気分不良が段々ひどくなる症状に加えて、急に唐揚げが食べれなくなりました。「やっぱり変!心療内科に行ってみようか」と思っていた矢先、大好きなコーヒーを口に入れた途端、オエ!と吐き出し、ようやく妊娠しているかもと気付きました。その足で薬局に妊娠検査薬を買いに行き、そのまま薬局のトイレで即検査、即陽性反応が出ました。

 

翌日婦人科を受診して妊娠が確定しました。そのとき、すでに船酔いのような気持ち悪さ、視界がおかしい、頻尿が酷すぎて眠れないので、お医者さんに相談しましたが、「あと2ヶ月は続きますよ」と言われました。「この状態があと2ヶ月続くなんて...」と絶望したのをよく覚えています。仕事もフルタイムでしていて、忙しい時期に差し掛かっていたので、生き地獄でした。

8週目、フラフラになりながらも仕事には休まず行っていました。お風呂は2~3日に一回、なんとか入っていました。職場以外は、ほぼ家で寝たきりでしたが、眠れる訳ではなく、1日あたり3時間くらい寝れたらいいほうでした。

1日1日を過ごすのが必死で、ただひたすら「あと2ヶ月耐えなきゃ」と時間が過ぎるのを待っていました。お医者さんに、「冷蔵庫で冷やしたそうめんとか、小分けにして食べてみて」と言われましたが、食べづわりでずっと胃腸を無理やり動かしていたので、お腹の調子が悪く、下痢が続いていました。

ある日、夕飯の魚を揚げている匂いがしました。急に気分がこれまでで一番悪くなり、3日間飲めず食えずで寝込むようになりました。水すら吐いて飲めないので、尿も次第に出にくくなり、体調は悪くなる一方でした。吐き気はあっても、何も食べていないので、吐くのは白い泡(胃液)のみ。

 

「このまま家で寝ていてもよくならない!」と判断し、夜間の救急外来へ。最初は「何しにきたの?」と言っていたお医者さんも、尿検査でケトン強陽性、脱水症状を認めて、「入院しようか」と言ってくれました。入院して、1日点滴を打ったら、急に尿がたくさん出るようになり、次第に気分不良が少し落ち着きました。水分も食事もなんとかとれるようになり、一週間で退院できました。

 

退院して一週間後、また食べれなくなりました。今度はかかりつけの婦人科で点滴をしてもらいました。翌日、少し楽になりました。それから2ヶ月半、毎週病院で点滴を打つようになりました。点滴を打っても、気分が完全によくなったりするわけではないので、生き地獄は変わりませんでした。

肉、魚は18週まで食べれず、ずっと白米、ほうれん草のおひたし、豆腐、長いも、柑橘系のフルーツ、すいかなどを食べていました。あんなに好きだった、きゅうりも全く食べれませんでした。味覚障害でほとんどの食べ物の味がよく分かりませんでした。唯一、かき氷を食べているときは、かなり悪阻が軽減されたような気がします。

 

20週になると、少しだけ買い物に出れるようにまで落ち着きました。「この悪阻が一生続いたらどうしよう。耐えれない」と思っていたので、少しでも悪阻か落ち着いて自由にできるようになったので、安心しました。でも、匂いづわりは結局出産まで続きました。買い物の時に、お店から漂うアロマの香りがとにかく不快でした。

入院するまでは、周りにそんなに悪阻が酷い人がいなかったので、周りの人も理解が低かったように思います。特に、男性上司は冷たかったのですが、女性上司は「自分も妊娠の時に、悪阻じゃないけど色々あったから」ということで、とても親切に声かけをしてくれました。悪阻休暇も使わせてもらえました。

 

私の旦那も単身赴任中だったため、理解が低かったです。「大丈夫?頑張って!」という言葉が、「大丈夫じゃないのに、何をどう頑張ったらいいの」ととても不満でした。旦那が単身赴任中のこともあり、妊娠中は身の回りのこともできなかったため、実家で過ごしました。

私の両親は、できるだけそっと寝かせてくれ、「無理しなくていい」と食べれそうなものを提案してくれたり、欲しいものをすぐに買ってきてくれたりしたので助かりました。本当に自分か辛いときに理解してくれたので、一生感謝すると思います。

義両親は、入院したと旦那から聞いて、「わしらを悲しませないでくれ」と自分本意の電話がかかってきたので、それからこちらから距離をおくようになりました。こちらは必死で悪阻に耐えようとしているのに、何かあったら責めるような声かけで悲しかったです。

周りに悪阻の時に理解ある人、ない人、色々です。理解ある人に協力を求めて、ただひたすら時間が過ぎるのを待つのが一番だと感じました。悪阻はいつか終わります。

病院で見る、エコーや胎動は本当に楽しいです。「この子のために耐えなきゃ!」と思えます。たから、悪阻で苦しんでいる人も、これから苦しむ人も思い詰めず、無理せずに時間が過ぎるのを待って欲しいです。

著者:とーふ

2歳娘のママ。一人目の妊娠、出産を機に事務系の仕事に転職しました。現在、二人目妊娠中。

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