引っ越したばかりで近くに知り合いもいないときに長女が産まれた。長女は夏に産まれたので猛暑の中外出するのもためらわれ、一日がとても長く、私は大人との会話に飢えていた。
前回のエピソード:家に帰ってくると必ず「今日はどうでしたか?」と聞いてくる夫の話 by とけいまわり
自宅のアパートの一階はカレー屋さんで、長女が寝たのでベビーカーを押して入ってみた。カレー屋のおばちゃんとおじちゃんは二人とも丸い眼鏡をかけていて、とても優しそうな人だった。
カレーを食べている内に長女が起きて泣いてしまった。お客さんが他に1人いたので、慌てて「ごちそうさまでした」と途中で帰ろうとしたら、おばちゃんが「あらー、起きたん~、おばちゃんが抱っこしてもいい?」と長女を抱っこして、「ちょっとお店の外に花壇があるんよ。赤ちゃんに見せてあげたいけど、いいかなあ~」と言って、お店の外に連れて行ってくれた。
長女はそのうち泣き止んで、おばちゃんと一緒にお花を見ていた。私はカレーを食べながらおじちゃんと話をした。
「うち、子どもができへんかったんよ。でも、甥がいるから、赤ちゃんの世話は慣れてるねん。」
カレーを食べ終わるとおばちゃんが戻ってきて、次はおじちゃんが抱っこしてくれた。
私はその日以来、カレー屋さんに通った。
おじちゃんとおばちゃんは、スプーンを見せては「ほら、キレイやろ~?」とか、氷を持ってきては「ほら、冷たいなあ~」と長女をあやしてくれた。
何だかこんなにしょっちゅう通ってはお店の迷惑なんじゃないかと足が遠のいた時に、スーパーでたまたまおばちゃんに会った。おばちゃんは私を見ると、「あらー、また来てねー。自分の子どもができたみたいで、本当楽しみに待ってるんよ~。本当よ?」と笑ってくれた。
それから次女も産まれ、私は2人を連れてカレーやさんに通った。
「赤ちゃんいると、お客さんも喜ぶねん。」と言ってもらえて、私はずっとその言葉に甘えた。
次女の首が座った頃に、私は関東に引っ越すことになった。
おばちゃんとおじちゃんにとっては、単なるお客の1人に過ぎないんだよな、と思いながらも、引っ越しの挨拶に行った。
「ありがとう、おじちゃん、おばちゃん。私、このカレー屋さんがなかったら、頑張れなかったかもしれない。今日が最後になるけど、本当にありがとう。」と言うと、おじちゃんもおばちゃんもボロボロ泣いてくれて、「引っ越し先でも頑張りや。そうそう、一緒に写真撮ろう。」とカメラを持ってきくれた。
私は長女と次女を抱っこするおじちゃんとおばちゃんの写真を何枚も撮った。
「私ら自分の子どもがいなかったから、こんなに懐いてくれる赤ちゃんが近くにいて毎日楽しかってん。ありがとう、ありがとうな、連れてきてくれて。」と、お店の奥から大きな包みを出してくれて、「これ、安物やけど」とお絵かきセットを渡してくれた。
ああ、もう、カレー屋のおばちゃんとおじちゃんという文字を打つだけでも涙が出てくる…ありがとう、おばちゃん、おじちゃん。長女はもうすぐ10歳になります。次女は小学校にも慣れました。末っ子も産まれたんです。みんな元気です。
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著者:とけいまわり
年齢:40代
子どもの年齢:9歳、7歳、5歳
小4長女、小2次女、5歳末っ子の三姉妹の母。40代教育職WM。趣味は囲碁と漫画
生き物、宇宙等、科学の話題が好き。人混みが苦手で一人が落ち着く 。プロフィールイラストは、にゃぐははさん作@hahanyagu
Twitter:@ajitukenorikiti
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