妊娠・出産・育児の情報サイト


まさか私が…?まるで出口の見えないトンネル。不妊治療の体験記

f:id:akasuguedi:20160601094618p:plain

私は結婚するまで低容量ピルを飲んでおり、結婚後はすぐにでも子どもが欲しかったのでピルをやめて妊活を始めました。

しかしピルを辞めて2ヶ月くらい経っても生理が来ず、検査薬も反応しないままだったので、不安に思い産婦人科へ行きました。

卵管造影と子宮の検査を行った結果、多嚢胞性卵巣症候群だということが判明したのです。

多嚢胞と言っても、きちんと自力で排卵できる人もいれば、卵子自体が大きくならない人もいて人それぞれと言われて経過を見ましたが、その中でも私の場合は頑固な方だったらしく、卵子が大きくならず、そのまましぼんでしまい排卵に繋がらないという症状でした。

 

結婚したら当たり前に自分の子どもを産んで、ママになって幸せに暮らして…という自分の中での理想が一気に崩れ、まさか私が排卵障害だなんて…と目の前が真っ暗になりました。

 

先生に排卵誘発剤を飲みながらのタイミング法を勧められ、主人に相談し、治療を始めることを決意しました。

それからというもの、妊活に良くないとされているカフェインの摂取を一切やめ、お酒も飲まず、逆に良いとされているルイボスティーを飲み、体を温めるためによもぎ温座パッドをつけ、いちじくを食べ…赤ちゃんを授かるためならなんでもしました。

治療を始めたものの、頑固だった私の多嚢胞には誘発剤だけでは効かず、産婦人科でのおしりの注射…それでも卵子は大きくなりにくく、自己注射を勧められました。

自己注射を毎日打つとやっと卵子が大きくなり排卵することができましたが、タイミングをとってもなかなか受精には繋がらず、毎月その繰り返しで、まるで出口の見えないトンネルのようでした。

 

その頃には、もう治療を始めて半年以上経っており、精神的にもボロボロでした。

不妊治療をしているなんて人は私の周りにはいませんでしたし、誰にも相談できず、旦那と2人で頑張っていましたが、それももう限界に達してきていました。

どこへ行っても子どもを連れている人が目につき、みんな普通に妊娠して出産しているのに、何故私はダメなんだろう?何か悪いことでもしたかな?と自分を責め、泣く毎日でした。

パートにも務めていましたが、病院との日程調整のこともあり、両立が大変でした。

しかし治療には毎月3万円くらいかかっていたので、辞めるわけにはいかず、更に追い込まれていったのです。

 

ある時、いつものように母から連絡があり、今までは元気なふりをして会話をしていたのですが、何故か急に涙がこみ上げてきてしまい、電話口で号泣し、ついに母に治療していること、それが上手くいっていないこと、精神的に疲れてしまっていることなど、全て話しました。

母は何も言わずに優しく聞いてくれて、大変だったね、頑張ってたんだね、と労いの言葉をくれました。

 

母に話したことによって、気持ちが軽くなり、治療しているということは恥ずかしいことじゃないんだ、逆にこんなにも赤ちゃんを望んでいるのだから、私はきっといいお母さんになれるし、私のお腹に来ないなんて損してるよ!と前向きになることができました。

 

旦那ともよく話し合い、治療は続けながら、でも頑張りすぎず、赤ちゃんが出来るまでの時間を夫婦でもっと楽しもう!という結論に至り、辞めていたお酒もたまには一緒に飲んでみたり、旅行に行ったりなどたくさん遊びました。

 

治療を続けてから約1年、生理予定日に生理が来ず、はやる気持ちを抑えて4日くらい待って検査薬をしてみると、すごくうっすらですが陽性反応が出たのです。

嬉しくて嬉しくて、すぐに旦那と母に報告しました。

まだ少しも出ていないお腹をさすっては、お腹に来てくれてありがとう、神さまありがとうございますと泣きながら感謝しました。

 

その後病院でも陽性反応が確認され、胎嚢も確認でき、いよいよ次は心拍確認というところまできました。

しかし、心拍確認する予定の2日前、急な出血があり、何か塊のようなものが出て、お腹が痛くてたまらなくなったのです。

すぐに病院に電話をし、エコーをみてもらいました。

 

結果は、流産でした。

今まであったはずの赤ちゃんの袋がすっかりなくなっていて、ほんとにいなくなってしまったんだと思うと診察台の上で涙が止まりませんでした。

先生が落ち着くまでといって違う部屋へ案内して下さり、たくさん泣きました。

旦那も仕事終わりに急いで病院へ駆けつけてくれ、旦那もすごく悲しかったはずなのに、泣いている私を一生懸命励ましてくれました。

 

次にまた受診すると、まだ少し赤ちゃんの袋が残っていて、完全流産ではなかったらしく、掻き出すための手術をする必要があり、入院しました。

 

たくさん泣いて虚無感に襲われましたが、母に「赤ちゃんは空に忘れ物をしてきちゃって、それを取りに行ったんだよ。またすぐ戻ってきてくれるよ。」という一言で救われました。

また来てくれるならば、私がそれを受け入れられる準備をしなきゃ!と思い、子宮を休ませる1ヶ月という期間を終えると、すぐ治療を再開しました。

 

再開して2回連続上手くいかず、次でタイミング法はおしまいにして、ダメだったら人工授精にしましょうという先生からの話がありました。

お金は更にかかるけれど、赤ちゃんを授かるためならと旦那と話し合い、承諾しました。

次のタイミングを取りましたが、今までのことがあるので、きっとまたダメだろう、だから人工授精のこと調べなきゃ、旦那との日程も調整しなきゃとばかり考えていた矢先、なんと妊娠することが出来たのです。

 

嬉しかったのですが、また流産するのではないか?心拍確認できるまで油断できない…と不安ばかり募りました。

心配性な私は、パート以外では外出も控え、なるべくなるべく安静に過ごし、ついに念願の心拍が確認できたのです!

 

そして、憧れの母子手帳も貰うことができました。

現在私は臨月に入り、お腹の中の赤ちゃんも順調で、もう2500グラム以上あるので、いつ産まれても大丈夫な時期に入りました。

 

今振り返れば、治療していた頃は本当に辛かったですし、こんなに治療を頑張っていてもいつ妊娠できるかも分からないし、ましてや妊娠できるということさえ定かではないし、まるで出口の見えないトンネルのようでした。

何回泣いたか、何回自分を責めたかも分かりません。

 

でも確実に言えることは、治療をしていなかったら今の妊娠はなかったということです。

また旦那も辛かった時励ましてくれたり、いつも支えになってくれて夫婦の絆も深まったように思います。治療頑張ってくれてありがとうと言って私のことをより一層気遣ってくれるようになりました。

だからなのか分かりませんが、つわり中も家事を率先してやってくれたり、辛い時は休んでていいよと言ってくれます。

 

こんな風に考えるのは都合よすぎるかなとも思いますが、神さまが、私たち夫婦の絆を深めるために、そして妊娠したときに更に赤ちゃんへの愛情を注げるように、敢えて辛い試練を用意したのかな?と今では思っています。

 

現在治療中の方は、とてもとても辛いし苦しいと思いますが、妊娠したときの喜びはそれさえも上回るものだと思うので、頑張りすぎず、楽しみながら妊活期間を送ってください!

応援しています!!

著者:みー

辛い不妊治療を経て、現在やっと正産期に入った妊婦です。

同じように不妊治療をしている方の励みになりたいと思っています。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。