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私はあなたを産みました。

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2013年(20代前半)の夏のことです。

2人目の赤ちゃんを授かりました。もともと、生理不順ではありましたが微熱が続き、やたらと眠気に襲われ、もしや...と思い検査薬をしてみると判定の線は見えるか見えないかくらいの薄い線が浮かび上がりました。

フライングかな?と思い、また3日後にもう一度検査薬をしました。

前回よりは目視でわかるほどになりましたが、とても薄かったのです。

 

産婦人科へ行くと妊娠7週。そして胎嚢が確認出来ました。

嬉しいはずの妊娠..。ですが内診が長く医師に

「あれ、胎芽が確認出来ないな。この週なら心拍も確認できるのになぁ...。マイペースな子かな?とりあえずまた2週間後に検査しましょう」

そう言われました。

 

不安に駆られる2週間後の健診(9週)。その時に言われた言葉は

「おそらく子宮外妊娠です。大学病院へ紹介状を書きますので急いでこのまま向かって下さい」

 

子宮外妊娠?なにそれ。

頭が真っ白になりながら大学病院へ。同じく内診をしたら

「おそらく卵管に赤ちゃんがいる可能性があります」

と言われ、血液検査をしました。

hCGの数値が低めなことからこのまま自然と流産になる可能性が高いと判断され、1週間後にまた病院へ足を運ぶことになりました。

 

ところが1週間後の血液検査でhCGの数値は倍以上になっていて、内診をした医師の説明は

赤ちゃんは右の卵管で育ってしまっています。卵管破裂の恐れがある為、至急、手術が必要です」

そう、言われてしまいました。上の子は保育園に登園しているし、一度家に帰って入院の準備を...と思いましたがそれも許されず。

翌日の昼過ぎに手術が決まりました。手術の同意書や手術の説明は耳には入ってくるけど、頭には入ってきません。

私の何がいけなかったのかな、赤ちゃんは苦しいのかな、右の卵管が無くなって今後は妊娠は出来るのかな、また子宮外になるのかな。

初めての手術の恐怖心、不安で暗闇に突き落とされたような感覚でした。

 

私が受けた手術は入院期間も短く、傷も目立ちにくい手術時間の短い腹腔鏡手術でした。旦那と長女にお腹をさすられ

「ベビちゃん、ありがとう」

そう言われ見送られました。

私はまだ、この時はお別れを理解出来てなかったのです。

 

テレビで見たことのある手術室。硬めの手術台に横になり天井を見上げると

あぁ...お別れなんだ...。目が覚めたら赤ちゃんは私の中には居ないんだ...。

そう、やっと身をもって感じ麻酔の入ってくる寸前でボロボロと涙がこぼれ落ちました。

 

手術が終わり夕方に目が覚め、悲しさと痛みでパニックになり酸素マスクで上手く呼吸が出来ず、また麻酔を打たれて眠ってしまいました。

後で聞いた話では、この時とても暴れてしまったようです。

 

夜中に目が覚めひとしきり泣き、また眠りにつきました。

翌日、医師から告げられた言葉はずっと忘れません。

赤ちゃんは卵管で順調に育っていました」

そう、赤ちゃんは胎嚢の中ではなかったけれど順調に育っていたんです。

 

私のお腹には3つ傷痕が残りました。10週と3日。正常な妊娠だったらエコーではもう豆粒の赤ちゃんが見えたことでしょう。旦那は親身になり支えてくれて

「卵管が居心地よくなっちゃったマイペースな子だったんだね。よく、頑張ったね。会えないけどまた、きてくれるよ」

と優しい言葉をかけてくれました。

(4歳の長女はあまりわからなかったようです(>_<))

 

3日間入院し、退院してからも私は落ち込んでしまいました。しばらくの間、食欲も出ず体重は6㎏も減ってしまい、体力も無くなり何も手につかず、鬱のような状況になってしまいました。

これから生まれてくるはずだった命。卵管破裂してもいいから一緒にいたかった。

そう嘆いて、たくさん涙を流しました。

旦那は何も咎めずただただ支えてくれていました。

 

私が立ち直れたのは、ある時長女が子宮外妊娠の赤ちゃんの一番最初のエコー写真を

見ていたときです。

「これが〜赤ちゃんかな?」

すると、旦那が私の手を引き長女の前に連れて行きました。

「ママがこの間産んだ赤ちゃんの写真だね。ほら、見て。このお腹の傷はね、赤ちゃんが生まれた印なんだよ」

そう言って、私の服をめくり傷痕を長女に見せました。

赤ちゃんはね、ママのお腹の中のママの大事なものと一緒にお空に行ったんだよ。

だから、お空にのんのんしてね。パパはまたママのお腹にかえってくるねー!って言ってたの聞いちゃったんだよー!」 

私は、涙が止まりませんでした。旦那も同じように辛かったことを、何も考えなかったことを、それから気付かせてもらいました。

 

私はちゃんと赤ちゃんを産んだ ということ。

私の右卵管。私の一部と共に取り出された赤ちゃん。残った消えない傷痕。

会えなかったけれど、いつまでも落ち込んでいては家族に申し訳ないし、きっと赤ちゃんもずっと心配になってしまうから。

それからは少しずつ私も笑顔を取り戻し、幸せと呼べる毎日を送っています。

毎年、命日に水子供養のお寺に通ってお話をしています。

 

あれから数年経った2016年にまた新たな命を授かりました。子宮外妊娠の恐怖があったものの子宮の中ですくすく育ってくれて、無事、元気な女の子が生まれました。

今では、てくてく歩くようになった次女を連れて、家族4人でお空に手を合わせています。

 

今まで聞くこともなかった子宮外妊娠という言葉。だけど誰でもそうなってしまう可能性はあります。誰が悪いとか赤ちゃんが悪いとかそういうことは全然ないです。

赤ちゃんは授かりものです。

同じ経験をしたことのあるママ、これから赤ちゃんを迎えることを考えるママ。

誰か一人でも私の経験が届きますように。

著者:にこちゃんまま◡̈⃝︎

長女ちゃん7歳

次女ちゃん1歳10ヶ月

お空に2人。

パワフル姉妹(๑•̀ω•́๑)!に

毎日ガミガミなママ(>_<)

あ、あと

ほんわかパパ。笑笑

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