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妊娠高血圧腎症になった話

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初めての妊娠。妊娠29週で尿蛋白が+になりました。

それまでは子の成長も、私の体調も何も問題なく、保健師も「たまにある事、でも塩分に気をつけて」程度で正直対して心配はしていませんでした。

もちろん今まで以上に塩分に気をつけ、迎えた31週目。

数値は+++。血圧も140/100。

すぐに血液検査をし、次の日に糖尿の検査をしました。特に異常はなく、子にも異常なし。それだけが救いでした。

 

そして32週目。その頃には明らかな症状が私に出始めていました。

手の指が曲がりにくい程の酷い浮腫み。血圧が上がった時には母がカッと熱くなるので直ぐに分かりました。動悸、目眩、逆流性食道炎。病院の検査では尿蛋白の数値は下がりません。次の日から入院になりました。

 

元々側湾症と言って背骨が変形している障害があった為大学病院に通っていました。入院となり先生から毎日の尿検査、血液検査をする必要がある事や血圧を下げる薬を毎日点滴する事、とにかく安静にする事など、早産になる可能性が高い事を説明されました。

 

一週間、毎回尿を取り1日の尿の量、尿蛋白の量を測定しました。結果、妊娠高血圧腎症だと言われました。

お腹の子も私も危ない。子の体重の増えも悪くなってきている。ギリギリまで妊娠期間を延ばしたいが、危険な綱渡りなのだと言われました。

いつ私の頭の血管が切れてもおかしくないとも言われ、ひたすら安静に過ごし、胎動を感じるたびに子に謝る日々でした。

 

そして、妊娠35週で出産する事が決まりました。ギリギリ肺の機能は出来ている周期。

「大丈夫だよ、少し小さく産まれるだけだから」

と先生は言ってくれました。

 

出産予定日前日にバルーンを入れ、当日に促進剤を打ち、血圧を見て危なくなったら帝王切開になると言う計画でした。

 

バルーンを入れ当日。促進剤を打つ前のエコー検査。子宮口も少し開いたと

「あぁ、始まるのか陣痛怖いなぁ」

と思っていたら、

「へその緒が赤ちゃんの頭の上の辺りにあり、このまま産むと首に絡まる可能性が高い。もう子宮口も少し開き、いつ破水してもおかしくない。子が危険なので緊急帝王切開をします」

と言われすぐに主人と私の親を呼びました。

 

みんなに見送られ、泣きそうな母の顔を見て私まで泣きそうになりながら手術室へ。

背骨が変形しているため慎重に背中から麻酔を入れられて、痛みはないけどなんとも言えない苦しみの中我が子が誕生しました。

 

1945gの低体重でしたが、大きな産声を上げてくれました。

子はNICUに入院になりました。子に会えたのは産んで3日後、中々産後立つ事が出来ずやっと自力で歩けたのがその日でした。

自力で呼吸は出来ていたので保育器には入っていなかったけど、黄疸の治療中で口にはミルクを飲むための管、手には点滴が打たれていました。小さい身体で、会えて嬉しい気持ちより、申し訳ない、私のせいで。と言う気持ちしかありませんでした。

後1カ月、お腹にいるはずだったのに。ごめんなさい。

病室に戻って一人泣いた事を忘れません。

 

子は産まれた時からさらに体重が減り、1800gになっていました。母乳を搾乳機で取り、NICUに持って行きました。産後一週間程で私は退院しました。

血圧の薬は飲み続け、退院後は内科に通院になりました。子は口の管が取れ直接ミルクをあげれるようになりました。

NICUに2週間入院後、GCUのある別の病院に転院。

会いに行くたびに大きくなっていく子。無事に目標体重2500gになり2週間で退院。合計1カ月の入院でした。

 

私の血圧も安定、尿蛋白も正常値に戻り、血圧の専門の先生には原因は分からないと言われました。ちなみに先生からされた質問を参考に書いておきます。

 ・血圧の高い親族はいるか

・脳梗塞などの脳疾患になった親族はいるか

・初産か

を良く聞かれていました。

私の場合は母、祖母、叔母がくも膜下出血を起こした事があります。それが関係あるのかないのか、私の食生活がいけなかったのか、かなり気を付けていたつもりでも駄目だったのか、思い当たることは腰痛が酷く余り運動が出来ていなかった所です。

色々な要因が重なり今回の事に繋がってしまったのかもしれません。

誰にでも起こり得る事なのかも知れません。

 

小さく産まれた子も今6カ月。体重も成長曲線内に入りました。首すわりなどは少し遅いけど修正月齢で考えたら正常。

みんなに愛されて生きています。

著者:くろべぇ

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