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おしるしから42時間が経ったころ陣痛促進剤へ。それでも子宮口が開かず緊急帝王切開

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妊娠初期こそ出血が続き、一度切迫流産と診断されたものの、安定期以降はつわりもなく活発で楽しい妊婦ライフを送っていました。

30週頃から健診の度に

「運動して下さいね」

と言われるようになり、毎日1万歩の散歩や拭き掃除、スクワットなど安産に向けて頑張っていた為、周りの妊婦仲間よりも体力には自信がありました。

妊婦友達に出産に対する不安を相談されても、私はこんなに努力しているんだから安産に決まっている、と不安になることはありませんでした。

 

正産期と言われる37週に入ってからも今か今かと出産のその時を待っていましたが何度目の健診を迎えてもお医者さんから言われるのは

「子宮がしっかりしています」の言葉。

どれだけ運動をしても陣痛が来る気配はなく、ついに41週を迎えてしまいました。

 

41週と3日目に日付が変わろうとしている夜、突然その日は訪れました。

おしるしです。

すぐに主人を呼び、トイレのドアも開けたまま二人で

「いよいよやな、やっと会えるな」

とソワソワしたことを今でも覚えています。

丁度次の日が健診日だったので、生理痛のような痛みに耐えながら夜を過ごしました。

 

おしるしから10時間後、健診で診てもらいましたが子宮口はまだ1センチしか開いておらず、陣痛が来るまで一旦家に帰るように言われました。

既に歩くのもしんどいなぁと思う位にはお腹が痛く、ひたすらベッドの中で陣痛の間隔を計るだけに。

その日の夕方、ついに陣痛が10分間隔になってきました。おしるしから18時間程経った頃です。

病院に電話しましたが、初産婦なので7分間隔になるまで待機するように指示されました。正直早く入院してしまいたかったので残念でした。

主人が仕事から帰って来ると陣痛の間隔が10分、8分、6分、20分、、と乱れてしまい、7分間隔になったのは日が明けた午前6時でした。

おしるしから30時間、陣痛が10分間隔になってからは12時間が経っていました。

 

やっと入院できる!と、病院に向かいました。しかしまだ子宮口は4センチしか開いていないと言われました。

主人が付き添ってくれて、病室でひたすら陣痛に耐えました。

子宮口が思ったよりも開かないようで、助産婦さんが何度か様子を見に来てくれた後、先生に陣痛促進剤を打ちましょうと言われました。

陣痛が来てから丁度24時間経った頃でした。おしるしからだと42時間経っていました。

 

私は今までの自分の努力が全く身になっていないこと、思い通りにいかない悔しさと辛さで大泣きしました。

それを見た主人も釣られて泣いてしまい、そのおかげで少し心が落ち着きました。

 

促進剤を始めても子宮口は8センチから開かず、私も弱音を吐きはじめ、ついに赤ちゃんの心拍も弱くなって、先生から緊急帝王切開に移行すると説明を受けました。痛みで全く頭に入らず、この痛みから解放されるのなら何でもいい!という気持ちでいっぱいでした。

主人と手術室の前で別れ、帝王切開が始まりました。陣痛から26時間経った頃でした。

 

そこからは本当にあっという間の出来事で、赤ちゃんの産声を聞いた時、声を上げて泣きました。すぐに抱くことができない惨めさ、立会い出産すると約束したのに立会えなかった主人への申し訳なさ、そして何より無事に産まれてきてくれた我が子への感謝でいっぱいでした。

 

そして何よりの奇跡はこの日が私たち夫婦の交際1年目の記念日だったことです。

初デートでお互いにこの人と結婚する。と直感が働き、そのまま付き合うことになった日から1年後のこの日、二人の間に長男が生まれてきてくれました。

 

術後、主人は先生から、

赤ちゃんの大きさから判断すると自然分娩だとあと半日はかかっていただろうということ、それだと母子ともに体力が持たずに危険だったということを聞いたそうです。

 

どんなに運動しても産まれてくると気配がなかったのは、きっと息子がこの日に合わせて出てきてくるつもりでいてくれたんだね、と夫婦で話しました。

 

入院中は麻酔の副作用による頭痛や帝王切開での傷が痛み思うように息子の世話が出来ず毎晩不安になって泣いていましたが、主人と息子の顔を見ると不安や痛みが消えました。

今回の出産を通して、主人のことをより深く愛することができました。

著者:のふじ

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