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海外で経験した不妊治療。しかし妊娠初期で稽留流産に

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結婚4年目でようやく我が家にコウノトリさんがやってきてくれました。ですが、妊娠7週で稽留流産となってしまったことがあります。それは5年前に遡ります。

 

私は8年前に結婚をし、早々に子作りを始めました。しかし、毎月毎月キチンと生理はやってきて、今月こそ!という日々を過ごしているうちに1年と2~3ヶ月が過ぎていきました。

そうこうしているうちに今度は主人の転勤が決まり、行き先はなんと海外!アメリカでした。アメリカの医療費は日本と比べ物にならない位高いと聞いていましたし、全くあちらの病院のシステムがわからなかったので、少し躊躇しましたが、何でも経験してみなくちゃわからないからと、新生活を楽しみにしていました。

そんな感じで始まった海外生活。生活環境が整ってきたところで、先ずはあちらに住む日本人の方に評判の良い産婦人科を紹介してもらうことから始めました。そんなに大きな都市ではなかったので、たくさん日本人がいる訳でもありません。

そして行き始めた病院。予約を取るのも一苦労で、予約の時間に行ったはずなのに、待てど暮らせど呼ばれません。後から来た人はさっさと呼ばれて帰っていくし、「あなたまだ呼ばれないの?」なんて言われながら、毎回2~3時間待ったこともありました。

そして排卵誘発剤を服用する事になりました。副作用の頭痛や吐き気に襲われながら過ごすこと更に1年。やっぱり出来ません。

 

すると専門病院を紹介され、そこで検査をすると、子宮内の卵が着床をするところに邪魔になっていそうなポリープがあるので、取りましょうという事になり、人生初の手術をアメリカで行いました。

最初は戸惑いましたが、どうしても妊娠をしたかったので、受ける事にしました。日本人の通訳さんも駆け付けて下さり、手術は無事に成功!「よし、これで環境が整った!ようやく妊娠できるぞ!」と、誘発剤を飲んで再チャレンジを開始しました。

が、やっぱり出来ません。

更に半年が経ったころ、知人から先生を変えてみる事を進められ、変えることにしました。そしたら、なんと!かえてすぐに妊娠!

すっごく嬉しくて、主人と大喜びし、「これで今年の年末は3人で過ごせるね」なんて話していました。

妊娠してからは1週間に一回のペースで通院していましたが、少し小さくて、でもキチンと赤ちゃんエコーで確認できていましたので、ルンルン気分でした。

しかし7週目の時、「心拍の確認ができない。また来週も確認するけど、そこで確認出来なければ、流産です」と告げられ、今まで高揚していた気持ちがドーンと奈落の穴に突き落とされたようになりました。

 

やはり結果はダメで、今までの苦労が走馬灯のように駆け巡り、人前は泣かないようにしていたのですが、運転していても、寝静まってからも、ふっと考えてしまうと泣いていました。

いつまでもお腹の中に滞在させておく訳にもいかず、また手術台に乗り、人生で2回目の手術もアメリカで行いました。

その後、2人の子どもを授かることができましたが、ずっと忘れられない思い出です。

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著者:もっくんりっくん
年齢:39歳
子どもの年齢:2歳、4ヶ月

初めまして。現在二人の男の子を持つ母をしております。今は仕事を持っておらず、子育てに奮闘しています。食べる事、ショッピング、旅行や、新しい物が大好きで、よく出歩いています。主人の仕事柄、アメリカでの海外生活も経験し、毎日楽しく過ごしています。いつかは英語を使った仕事に就きたいと思い、毎日少しずつ勉強もしています。

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